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芥川賞作家 玄侑宗久さんに聞く (上) インタビュー ()・(
円空の祈り
円空の祈り
円空作「如意輪観音菩薩坐像」(部分、江戸時代・17世紀)=東山白山神社
 
円空の祈り
人間とともに生きる 

 芥川賞作家で三春町・福聚寺住職の玄侑宗久さんは、生と死、信仰、文化、さらに東日本大震災からの復興など、幅広い分野で言論活動を続ける。江戸時代の僧円空が全国を行脚し仏像を彫り続けたように、玄侑さんは「知のフィールド」を縦横に駆けて人々に訴えかける。玄侑さんに、円空の祈りについて聞いた。
 (聞き手 文化部長・鈴木博幸)

 ―円空仏は、木に彫った素朴な味わいが魅力だ。
 「木を削って彫った仏像は、日本から始まった。日本でも、最初の仏像は、朝鮮半島から渡ってきた金銅仏だった」

 ―なぜ木を彫ったのか。
 「古事記ではスサノオノミコトの胸の毛がヒノキに、尻の毛がマキ、まゆ毛がクスノキになったと書かれている。木は神の一部。神が宿っている。古代では木を『き』と言わず『け』と言った。『ひとりでに生み出されるもの』という意味もあり、その生命力自体を『け』と呼んだ。毛も木もひとりでに生えてくる。『け』の力が枯渇してしまうことを『けがれ』と言った。ひとりでに生み出されるものが尊い。こうした信仰が日本には古くからあった」

 ―円空ら仏師は木の生命力を尊んだ。
 「底流にあるのは命の生産性への信仰。ひとりでに生み出されるものの尊さ。神、仏が木にすんでいる。木目や年輪を重視するのは、仏像を造るというより彫り出す感覚なのだろう」

 ―円空仏も表情から喜怒哀楽がにじみ出ている。
 「以前、円空仏の展覧会を見た時、多くの仏像の中に1体、見劣りがする仏像があった。最近見つかった像で、それまで誰もお参りしていなかったから『気』のこもらないものになったのだろう。逆に言えば、像は人がお参りすることで気が宿る。祈りの気配で育てられる。仏像も生きているのではないか。人とともに生きていくのが、円空の仏像なのだろう」
  
 げんゆう・そうきゅう 三春町出身。安積高、慶応大文学部卒。さまざまな仕事を経験した後、京都・天龍寺専門道場に入門。2001年に「中陰の花」で芥川賞、14年には「光の山」で芸術選奨文科大臣賞を受賞。08年から臨済宗妙心寺派福聚寺住職。58歳。

◆円空展メモ

■会期 1月27日〜4月5日
■会場 福島市・県立美術館
■主催 実行委員会(県立美術館、福島民友新聞社、飛騨千光寺)
■前売り券 一般・大学生800円(当日券は一般千円、大学生900円)、高校生以下無料
■前売り販売 県立美術館、チケットぴあ、ローソンチケット、中合福島店、うすい百貨店、福島民友販売店、福島民友新聞社(本社、各支社・支局で平日午前10時〜午後5時)
■問い合わせ 福島民友新聞社「飛騨の円空展」係(電話024・523・1248、平日午前10時〜午後5時)へ。
(2015年1月16日 円空の祈り) 
《題字は千光寺住職の大下大圓氏》
 


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