【二本松】「戦国政宗桜」と命名 小浜城跡のエドヒガンザクラ

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看板の除幕を行う三浦会長(右)と新野市長

 二本松市小浜の小浜城跡に立つ樹齢430年とも伝わるエドヒガンザクラの古木に「戦国政宗桜」の名称が付いた。市は今後、てんぐ巣病にかかった周辺の桜の伐採や戦国政宗桜の樹精回復などに取り組み、観光のシンボルとして活用していく考え。

 小浜城は、元々は大内氏の居城だったが、1584(天正12)年に家督を継いだ「独眼竜政宗」こと伊達政宗が当時の城主大内定綱を攻め、定綱が会津の蘆名氏を頼って城を出たため、政宗が、その後約1年間奥州制覇の拠点として居城した。政宗の父・輝宗が二本松城主畠山義継に拉致殺害されたり、老将茂庭左月が討ち死にした人取橋の戦いがあったのもこの頃で、その時代に植えられたのが政宗桜と考えられる。

 政宗桜は幹回りが3メートル以上あり、荒々しく枝を伸ばした姿が戦国時代をたくましく生き抜いた政宗の生涯をほうふつとさせる。地元ではご神木とされてきた。3年前の大雪で枝が折れたが、荒々しい姿がなお人気を集める。

 15日に行われた命名式では、三浦勝真岩代観光協会長が命名を宣言、新野洋市長と共に名称看板を除幕した。三浦会長は「周囲の桜の伐採で日当たりが良くなり、ますます成長することを願う」と述べ、新野市長も観光のシンボルに成長することを願った。