【 奥の松酒造 】 伝統甘えず革新挑む<二本松市>

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「かい入れ」の作業に臨み、きめ細かく状態を確認する杜氏の殿川さん=二本松市・八千代蔵

 二本松市の市街地から塩沢温泉に向かい、車で10分ほど走ると、木立の中に「八千代蔵」の看板が見える。安達太良連峰の麓に抱かれたこの豊かな自然環境の中で「奥の松」は生まれている。

 「誰が飲んでもおいしい酒、賛否が偏らない酒を目指している」。八千代蔵に姿を見せた奥の松酒造(同市)の19代当主で社長の遊佐丈治さん(52)=写真・下=が酒造りへの思いを口にした。清らかな空気、名酒を育み、貯蔵酒を静かに見守る豊かな森。そして、安達太良山の伏流水が仕込み水として理想的なことから、この地に工場を新設したのだという。

 予想以上に機械化が進み、酒造りに重要な温度管理もスイッチ一つでできるが、杜氏(とうじ)の殿川慶一さん(65)は「最終的には人」と話し、人間の判断や、熟練者によるきめ細やかな管理が、良い酒造りに欠かせないことを強調する。

 殿川さんを中心に、蒸し米の表面と内部を入れ替えて冷ます天地替えをしたり、タンクの中を棒でかくはんし、もろみを均一にする「かい入れ」の作業が始まっていた。随所に温度計を使い、きめ細かく状態を確認しながらの作業が続く。「とにかく温度は大事」と殿川さん。長年の経験から、絶好のタイミングを見計らっているようだ。

 全国新酒鑑評会で全国トップタイの金賞受賞を重ね、県内を代表する酒蔵だが、モーターレースのシャンパンファイトにも使われるスパークリング日本酒なども商品化している。「伝統に甘えず、革新に挑戦する」。殿川さんは言葉に力を込める。

奥の松酒造

 江戸期には油商で繁栄
 江戸期には油商で繁栄 創業は1716(享保元)年。300年の歴史を持つ。江戸時代初期までは油商として繁栄。創業当時は、みそ、しょうゆも商い、一大醸造業を展開していたが、油商は親類に引き継ぎ、酒造りに専心した。奥州二本松の「奥」と「松」から「奥の松」と商標登録。1974(昭和49)年に八千代蔵を新設。かつては、当主が伊兵衛と金之丞を襲名していた。二本松市長命の本社に酒蔵ギャラリーを併設する。奥の松酒造(電話)0243・22・2153

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