【食物語・川俣シャモ(下)】 苦しい時代経て進化 炭火で皮ぱりっと

 
炭火で焼き鳥を焼く佐藤弘規さん。カウンターに香ばしい煙が立ち上る

 心を弾ませ開店前の店に入った。「10本ほどお願いします」。注文すると、カウンターに香ばしい煙が立ち上る。炭火で皮はぱりっと香ばしく焼かれ、肉はほどよい弾力。かみしめるほどに味がにじみ出る。肉と脂の味が口の中に広がり、うまさに思わずうなずいてしまう。

 福島市にある唯一の川俣シャモ料理専門店「陽風水(ひふみ)」。経営する佐藤弘規さん(43)は「皮と肉の間にある脂がほどよく、バランスがいい。川俣シャモをおいしく提供できるのが焼き鳥」と話してくれた。

 地鶏として確固たる地位を築く以前、川俣シャモは苦しい時代を"経験"した。本格的な事業化に必要だったのは焼き鳥に合う肉質。20年前に取り組んだ品種改良をきっかけに、本県を代表するブランド地鶏へと階段を駆け上がった。

 ◆『初代』辛い評価

 昭和から平成に時代が変わったころ。川俣シャモは乗り越えなければならない壁にぶち当たった。「おたくの肉は鍋ものには合うが、焼きものには使いづらいよ」。飲食店からの反応は良いものばかりではなかった。川俣シャモの販売部門を担う川俣町農業振興公社で、営業に奔走した斎藤正博さん(66)=川俣シャモファーム社長=は厳しい言葉を受けた。

 "初代"川俣シャモには難点があった。「味は濃いがジューシーさが足りない」。シャモ料理といえば鍋ものが一般的だった一昔前とは異なり、焼き鳥で使えるかどうかが重要な要素。脂分の少なさと肉の硬さが料理の幅を狭めていた。斎藤さんは「10年間は苦しい時代だった」と振り返る。料理店であまり使ってもらえない時代が続いた。

 ◆品種改良を決断

 味はうまいが、肉質の硬い純系シャモの血統が強すぎた。ここで関係者は品種改良を決断する。1996(平成8)年ごろに当時の県養鶏試験場に依頼して研究を始めた。純系シャモの雌に大型赤鶏のレッドコーニッシュの雄を交配して生まれたひな鶏に、さらに卵肉兼用種のロードアイランドレッドの雌を交配するという試行錯誤の品種改良を経て生まれたのが現在の川俣シャモ。ジューシーな肉質を実現した。

 生産現場にも弾みがついた。1羽からとれる肉量が2~3割ほどアップ。"初代"と比べて生産効率が格段に上がった。開発段階から養鶏に携わる佐藤治さん(67)=川俣シャモファーム会長=は「品種改良で本格的な事業化にめどが付いた」と当時を振り返る。

 ◆ブランドに成長

 品種改良後、生産と販売の地道な活動を積み重ねながらブランド地鶏への道を加速させる仕掛けも進んだ。国内にある地鶏の産地間で競い合った焼き鳥の長さへの挑戦。毎年8月に開かれる「川俣シャモまつり」では長い串に刺された焼き鳥と丸焼きが焼かれる。現在、川俣シャモが持つ世界記録は101羽の丸焼きで、長さは60.6メートル。

 親子丼発祥の店として知られる東京・人形町の「玉ひで」の存在も欠かせない。川俣シャモを仕入れる店主を講師に招いて親子丼の講習会が開かれた。町内にある多くの店で川俣シャモの親子丼を味わえるようになり、さらなる知名度アップのきっかけになった。

 出荷数は震災で一時落ち込んだが、回復してきた。佐藤さんは力を込める。「このままで満足しているわけではない。震災による足踏みもあったが、比内地鶏、名古屋コーチン、薩摩地鶏の三大地鶏に追い付きたい」。川俣の名を全国に。夢は今も続いている。

【食物語・川俣シャモ(上)】

【食物語・川俣シャモ(上)】

(写真・上)町内では川俣シャモの親子丼などが気軽に楽しめる(写真・下)皮はぱりっと香ばしく、かみしめるほどに味がにじみ出る川俣シャモの焼き鳥

 ≫≫≫ ひとくち豆知識 ≪≪≪

 【うまみぎゅっと蓄える】川俣町農業振興公社は毎年、川俣シャモを使った創作料理の試食会を開いている。新メニュー作りに役立ててもらうのが狙いで、旅館やホテルのシェフなどが参加している。
 すき焼きや鉄板焼きのほか、土瓶蒸し、レバーパスタ、卵を使ったデザートなど多彩な料理が並ぶ。調理法なども紹介され、参加者が川俣シャモの味の可能性について意見を交わし、情報交換している。
 
 【世界一の記録更新に挑戦】恒例となった「川俣シャモまつり in川俣」は今年も8月27、28の両日、川俣町中央公民館で開かれる。14回目を迎え、昨年より2羽多い103羽を焼いて「世界一長い川俣シャモの丸焼き」の記録の更新に挑戦する。
 小学生による「世界一長い焼き鳥ジュニア選手権」も企画。会場には焼き鳥やシャモメンチ、親子丼、ラーメンなどを販売する10以上のブースが設けられる。来場者から人気が高い川俣シャモの丸焼き(税込み4100円)も焼き場で焼かれ、販売される。