【食物語・ラジウム玉子】 温泉が生む食卓の友 元素、国内で初確認

 
貯湯槽から卵の入った竹かごを引っ張り上げる玉手さん=福島市飯坂町

 宮城県の鳴子、秋保とともに奥州三名湯に数えられる福島市の飯坂温泉で長年観光客の土産品、そして市民の食卓の友として親しまれてきたのが温泉卵「ラジウム玉子」だ。

 「ラジウム10個ちょうだい」。地元の人にとってラジウムは温泉卵の代名詞。当たり前のように玉子を略して呼ぶ。しかし、よくよく考えれば食品名と元素名の組み合わせは異様ではないか。なぜ飯坂温泉とラジウムなのか。その謎を探ってみた。

 ラジウムはピエール・キュリー、マリー・キュリー夫妻が1898(明治31)年に発見した放射性元素。日本で初めてラジウムの存在が確認されたのが、実はここ飯坂温泉だったようだ。夏目漱石の主治医で医聖野口英世とも親交のあった医学者真鍋嘉一郎が1910年、飯坂温泉の源泉でラジウムを確認した。真鍋が学会で発表したことでラジウム温泉として知名度が上がり、飯坂温泉の名が全国に知れ渡るようになった。

 ラジウム玉子を製造・販売する老舗「玉手商店」の3代目玉手利夫さん(66)は「1920年ごろ、じいさんが商品化したようだ。当時は卵が貴重だったし、ラジウムという響きが大正モダンとしてうけたのではないか」と推察する。「偶然にも飯坂には半熟卵を作るのに、ちょうどいい温度の源泉があったことも大きい。温泉という自然の恵みがあったからこそ今まで商売ができて飯が食えた」。玉手さんは手に取ったラジウム玉子を、慣れた手つきでニワトリが描かれた紙で包み込んだ。

 ◆特有のにおい

 ラジウム玉子はどうやって作るのか。その疑問を晴らそうと、玉手さんに見せてもらった。ラジウム玉子を作るための源泉は観光客が立ち入らない温泉街の奥、赤川沿いにある。建物は思ったより狭く、中には卵をゆでる幅1メートル、奥行き2.5メートルほどの貯湯槽があるだけ。お湯の温度は68度。以前は70度あったが、東日本大震災後、2度下がったという。

 建物に着くと、玉手さんがおもむろに貯湯槽から竹かごを引き上げた。中には湯気を立てる卵が詰まっている。出来たてはかすかに硫黄のような「亡硝泉(ぼうしょうせん)」特有のにおいがする。

 ◆女将の美の源

 「飯坂といえばラジウムでしょ。土産としてもナンバーワン。楽しみにしているお客さんも多い」と話すのは1890年創業の老舗旅館「なかむらや旅館」の高橋武子女将(おかみ)(72)。「当たり前過ぎて、いつからお客に出しているのか分からない。本当に昔から」。旅館では朝食に必ずラジウム玉子を出している。20年ほど前、生卵と思い込んだ客が半熟卵に驚いたことがあり、以降、旅館オリジナルの包み紙でくるむようになった。「食卓にない日はない」と女将も毎日、ラジウム玉子を食べているという。

 「飯坂温泉の女将はみんなきれいでしょ。毎日、自然の恵みのラジウムを食べて温泉に入っているから」と女将。記者が女将の方に顔を向けると、「私は例外。私の顔は見ないでいいから」と記者の視線を遮るよう手をかざし、屈託なく笑った。「いえいえ。そんなことはありません」

食物語・ラジウム玉子

食物語・ラジウム玉子

(写真・上)温泉街に掲げられているラジウム玉子ののぼりと立て看板。長年観光客の土産品として人気だ (写真・下)温泉旅館や一般家庭の朝食で出されているラジウム玉子

 ≫≫≫ ひとくち豆知識 ≪≪≪

 【味も包み紙もさまざま】福島市飯坂町でラジウム玉子を製造・販売する店舗は飯坂温泉街を中心に10軒ほどある。店ごとに使っている卵の種類や産地、ゆで時間が異なり、味の違いを生み出している。「ラジウム玉子」「ラヂウム玉子」「ラジウム卵」のように表記も異なれば包み紙もさまざま。大正から昭和にかけてのレトロな雰囲気を感じさせる包み紙もあり、味とともに人気を集める理由となっている。価格は1個40円ほどから。飯坂温泉に出掛けた際、ラジウム玉子を探し歩くのも旅の楽しみの一つになりそうだ。

 【人気集めるピンバッジ】福島市飯坂町の飯坂温泉観光協会はラジウム玉子をモチーフにしたピンバッジを販売している。ラジウム玉子の包み紙をイメージしたピンバッジの販売が始まったのが2014(平成26)年11月。赤、青、緑の3色と、3色全てが描かれた計4種類があり、1個400円(税込み)。かわいらしいデザインと他にはない"貴重さ"で観光客を中心に人気を集めている。