【食物語・会津の馬肉(下)】 力道山が与えた『衝撃』 生食と辛子みそ

 
ロースやモモ、ヒレなどさまざまな部位が並ぶ「会津馬刺し発祥の店」のカウンター。壁には生食と辛子みその食べ方を伝えた力道山のポスターが掲げられている=会津若松市・肉の庄治郎

 会津の馬刺しを語る上で切っても切り離せないのが馬肉に添えられる辛子みそ。上品で淡泊な馬肉のアクセントとなる辛みと、ニンニクの風味が特徴だ。同じく馬肉で有名な熊本県などでは、しょうゆにおろしたニンニク、ショウガなどを加えて食べるのが一般的だが、会津は必ずと言っていいほど辛子みそがセット。そのルーツを求め、「会津馬刺し発祥の店」とされる会津若松市西七日町の馬肉販売店「肉の庄治郎」を訪ねると、「昭和の国民的ヒーロー」の名前を聞くことになる。

 ◆生食のルーツ

 「おやじさん、そこにつるされている馬肉を生でくれ」。1955(昭和30)年9月1日。先代の故鈴木清美さんが店先に目を向けると、浴衣姿のプロレスラー力道山の姿があった。テレビを囲み、国民がプロレスに熱狂した時代。「市内のプロレス興行後に偶然立ち寄ったようだが、いきなり力道山が現れ、かなり驚いたようだ」と現在、店の代表を務める長男浩二さん(59)。力道山は一緒に来た弟子たちと、持参した辛子みそを付けて馬肉を生で食べ始めた。

 浩二さんによると、それまで馬肉を生で食べる慣習は会津にはなく、力道山の"衝撃"が生食と辛子みその普及につながったという。清美さんは生食に問題がないことを保健所に確認し、力道山の辛子みその味を再現した「秘伝のみそ」を添えて店で売り出した。交通網や冷凍技術が発達する前で、新鮮な魚の刺し身が手に入らなかった会津の地理的条件も重なり、「刺し身と言えば馬肉」の文化が浸透していった。

 肉の庄治郎のカウンターにはロース、モモ、ヒレなど、さまざまな部位の馬刺しが並ぶ。食感や味は部位によって違うが、共通するのは脂肪の「さし」が入っていないこと。「脂が好きな人は(脂肪分の多い)タテガミと一緒に食べるのがお薦め」と浩二さん。ロースを勧められ、口に入れると、肉の軟らかさに驚く。馬肉本来の味わいを残したまま口の中で肉がほどけ、後味はさっぱり。辛子みそもやみつきになる存在感だ。「もう一口」と思っていると、「いくらで食べられるでしょう」と、次の肉を勧める店主の心意気が憎かった。

 ◆多彩な調理法

 古くから越後街道の宿場町として栄えた会津坂下町は馬肉文化で有名だ。町内の飲食店では馬刺しのほか、馬肉の焼き肉や握りずし、ハンバーグなど、さまざまなメニューが楽しめる。馬肉のPRに向けて誕生したご当地キャラ「うまべえ君」も人気だ。

 町産業課によると、元々は明治から昭和にかけて同町塔寺地区に馬の競り場や、と畜場があったことから馬肉を食べる文化が定着し、「庶民の味」として町民に親しまれてきた。現在は町内の飲食店関係者らでつくる会津ばんげ馬(さくら)の会が中心となり、商品開発やPRを行っている。

 町内で8月に開かれた納涼ビアフェスタに足を運び、馬肉のレモン焼きや串カツ、馬肉入りの焼きそばなどを味わった。逸品ぞろいでコメ、酒どちらにも合い、食材としての魅力も十分と感じた。近年、値段の高騰など逆境の中にある馬肉だが、牛でも、豚でもない馬肉の可能性は底知れない。

食物語・会津の馬肉(下)

食物語・会津の馬肉(下)

(写真・上)会津で食べる馬刺しはしょうゆと辛子みそが定番。「さし」が入っていないのも会津の特徴(写真・下)会津坂下町内の飲食店では焼き肉や握りずし、ハンバーグなど馬肉を使ったさまざまな料理が楽しめる

 ≫≫≫ ひとくち豆知識 ≪≪≪

 【肉の日ちなみ「お得な企画」】会津坂下町の飲食店などで組織する会津ばんげ馬(さくら)の会は「肉の日」にちなみ、5、8、11の各月の29日、加盟店舗で消費者にお得なサービスを行っている。馬肉料理の料金割引や馬肉の希少部位のプレゼント、辛子みそ「馬坂美(ばさび)」の増量など内容はさまざまだ。馬肉と町内の銘酒を楽しむ「桜まつり」や「夜宵の酔祭り」などのイベントも町内で繰り広げ、馬肉文化の町内外への一層の普及を目指している。

 【庶民の味として浸透】「馬肉は家庭食」。会津坂下町が2013(平成25)年に実施した町民の意識調査で、対象者の半数以上に当たる53.2%がこう答えた。「外食では食べない」とした人も多く、庶民の味として各家庭に浸透している状況がうかがえる。「辛子みそに好みの味がある」と回答した人は半数ほどで、辛子みそを選ぶ決め手について「ニンニク、みそ、辛子のバランス」とした人が最も多かった。辛子みその味も馬刺しを買う際の重要な要素となっているようだ。