【食物語・会津のそば】 -宮古、山都- 里山の恵みが『幻の名物』に

 
地元産のソバの実を丁寧に天日干しする関口さん。味と香りを増すために欠かせない作業だ

 曲がりくねった細い山道やトンネルを抜けると、里山ののどかな風景が広がる喜多方市山都町の宮古地区にたどり着く。市街地から車で約40分。訪れたのは「幻のそば」とも呼ばれる宮古そばの起源やおいしさの秘密を探るためだ。

 国道459号沿いに新そばの文字が記されたのぼり旗が掲げられ、駐車場には県外ナンバーの車が目立つ。「昔は観光バスがたくさん来て、通りに渋滞ができるほどだった」。宮古そばの里組合長を務める「宮古そば 権三郎」の関口栄子さん(78)が教えてくれた。

 標高400メートル前後の宮古地区はコメ作りに適しておらず、以前はそばが常食だった。「越後裏街道」に当たるため、住民は行商など滞在する人たちに家庭で食べるよりも贅沢(ぜいたく)なそばを振る舞ったという。旧暦の10月10日に、現在も新そばを食べる風習が残るなど住民にとってなじみ深い食材だ。関口さんは「母親の姿を見習って自然と打ち方を覚えていた」と振り返る。

 ◆透明感が特徴

 宮古そばが広まるきっかけは昭和50年代に遡(さかのぼ)る。県道工事などが盛んになると、工事関係者や県職員が宮古地区を訪れる機会が増えた。「また食べたい」と好評を得て、県庁の議員食堂や「知事のそば会」などで提供されるようになり、口コミで人気に火が付いた。地元の農家が輪番制で店を開いたものの、当初は完全予約制。宮古地区が市街地から遠く離れ、さらに店が予約制だったことなどから「幻のそば」と呼ばれるようになったようだ。「わざわざ足を運んでもらったので、食べて帰ってほしい」と、十数年前からは予約をしていない客も受け入れるようになった。

 宮古そばは、つなぎを一切使わない十割そば。透明感のある白っぽさが見た目の特徴。日中と朝晩の寒暖の差がおいしいソバを作る。飯豊山の万年雪から解け出す伏流水も欠かせない。関口さんから、つゆや薬味を付けず、本来の風味を楽しむ「水そば」を勧められた。「ズズッ、ズズズッ」。喉越しは抜群。口の中に心地よい香りが広がる。次につゆを少しだけ付けて食べると、箸が止まらなくなった。「そば打ちは熟練の技術が求められる」と関口さん。現在は長女の久美さん(49)が打っており、その腕前に感心させられた

 ◆別路線を確立

 宮古そばに魅せられた山都町中心部の若者も修業に励んだ。山都町商工会(現きたかた商工会)は地域振興事業として宮古そばに着目。1984(昭和59)年に東京から講師を招いた「そば大学」を開き、そば打ちの技術を磨いた。そして宮古そばとは別路線の「山都そば」が確立された。

 毎年10月に開かれる「山都新そばまつり」は今年で33回を数え、県内で最も古い。「ひと言では魅力を表現できない。おもてなしとして格別なものだった」。中心部で「山都蕎麦(そば) 萬長」を営むきたかた商工会長の田代衛さん(66)は力を込める。ピーク時の昭和60年代には、山都町全域で年間30万~50万食のそばを提供したが、少しずつ客入りは鈍くなってきた。「そばに携わる人を増やして、当時のようなにぎわいを取り戻したい」。山都そばは地域の命運も握っている。

(写真・上)権三郎で提供される手打ちそば。関口さんの長女久美さんが毎朝仕込んでいる(写真・下)権三郎自慢の手打ちそば。一人前は税込み700円。一口食べるとそばの香りが広がる

 ≫≫≫ ひとくち豆知識 ≪≪≪

 【そば打ち体験受け付け】飯豊とそばの里センターは、そば資料館、ふれあい館、ふるさと館、そば伝承館の4施設に分かれ、山都そばの歴史やおいしさの秘密、調理道具などを紹介している。 伝承館では、ざるやとろろ、山菜、天ぷらなどの各種そばを提供。資料館では、そば打ち体験の参加者を受け付けている。1回2000円で予約が必要となる。問い合わせはそば資料館(電話0241・38・3000)へ。

 飯豊山の茶屋が発祥か
飯豊山は神のすむ山として信仰を集め、豊作祈願や成人儀礼などで多くの人たちが山頂の飯豊神社を参拝した。
 昭和初期まで、登山道の途中の「アッタ坂」に参拝者の休憩所として茶屋が設けられ、手打ちそばを提供していた。数百年前に開店したとされ、会津のそば店の発祥とも言われている。1928(昭和3)年の飯豊山案内には「信州更科そばにも劣らないおいしさ」と紹介されている。

 高校生が「チャレンジ出店」地元の耶麻農高グリーンメイキング部の生徒は、ソバ栽培やそば打ちの段位取得などに励み、地域住民とともに山都そばの伝統を継承している。三重県で「高校生レストラン」を手掛けた岸川政之さんの講演を受け、10月の「山都新そばまつり」に「チャレンジ出店」した。11月12、13の両日には、東京都の日本橋ふくしま館「ミデッテ」でそば打ちの実演や販売に取り組む。