【食物語・アンコウ】 『猫またぎ』...一転旬の味 印象的な見た目の魚

 
(上)アンコウの「七つ道具」を材料に、旬の味覚を盛り込んだアンコウ鍋(下)鍋の材料となる肝や皮、身などの各部位とニンジンなどの野菜。奥にはアンコウを使った小鉢が並ぶ=いわき市小名浜・天地閣

 年の瀬が迫り、冷たい浜風が吹きすさぶ、いわき市の港町小名浜。冬の味覚の代表格であるアンコウが食べたくなり、海沿いの高台にある割烹(かっぽう)旅館「天地閣」(電話0246・53・3285)に向けて車のハンドルを切った。

 「50年くらい前は家庭で食べる食材だった」。そう話すのは同旅館の社長で料理人でもある大平均さん(62)。記者の質問に答えながらも、包丁で手際よくアンコウをさばく。つぶれたような茶色の体と大きな頭、そして巨大な口。アンコウは気味の悪い見た目が印象的な魚だ。高級魚のアンコウだが、かつて、30センチほどの比較的小さなアンコウは「猫もまたぐ」と言われ、使い道がなく、市場の端っこに捨てられていた。東京都出身の大平さんは「小名浜に住む前までは、なじみの薄い食材だった」と思い返す。

 ◆下処理が決め手

 「猫またぎ」とされたアンコウが脚光を浴び始めたのは約30年前。アンコウ鍋をいわきの味覚としてPRしようと、イベントなどで取り上げるようになった。当時、アンコウと言えば茨城県大洗町の名物として知られていたが、PRが奏功し、いわきの味としても定着していった。ただ、原発事故後の試験操業で漁獲する回数が減ったため、以前のように十分な量は水揚げされなくなり、大平さんが今さばいているのも青森県産だ。

 出来上がったのは大平さんのこだわりが詰まったアンコウ鍋。水揚げされたばかりのアンコウは粘膜のようなぬめりで覆われている。大平さんは以前、他県でアンコウ鍋を食べたという客から「臭くて食べられなかった」と言われたことがあった。臭みの正体はぬめり。処理が甘いと臭さが出てしまう。「アンコウ料理の決め手は下処理」と大平さんは断言する。

 肝とみその分量など、研究を重ねた「たね」に、出汁(だし)を加えた風味豊かな汁が、臭みを取り除いた身に絡む。ぐつぐつと煮え、汁のうま味を吸った、ふっくらとした身を口に入れると、ほろほろと崩れ、肝とみその風味が広がる。大平さんが「アンコウ鍋のルーツは『どぶ汁』にある」と教えてくれた。

 ◆ルーツはどぶ汁

 どぶ汁を求め小名浜の「割烹一平」(フリーダイヤル0120・54・3316)へ。来年、創業80年を迎える名店。漁師が船上で食べたどぶ汁はアンコウ鍋と違い出汁を使わない。具材から出る水分が、たっぷりの肝とみそに合わさって汁になるため、アンコウ鍋よりも濃厚だ。

 女将(おかみ)の長谷川雅子さん(79)に招かれ、個室の席に腰を下ろした。出てきたのはダイコンやハクサイなどの野菜も全て肝の黄色に染まった鍋。具材を食べきった後には雑炊が控えている。「この濃厚な鍋を食べきれるか」との不安がよぎったが、すぐに消えた。濃厚だがしつこくない。雑炊まで一気に食べきった。

 どぶ汁をメニューに加えて50年。長谷川さんが女将を務めた年数と同じで、「思い入れが深い」という。震災で遠のいた客足は回復しつつある。店で出しているアンコウも、なるべく地元で揚がったものを使うようにしており、「うちで出す、どぶ汁が一番」と長谷川さんは自信をのぞかせる。

 先ほど登場した大平さんも「料理人は自分の料理が一番と、誰もが思っているはず」と話していた。アンコウ料理に携わる人たちの誇りが、小名浜の食文化を支えていると実感した。

食物語・アンコウ

食物語・アンコウ

(写真・上)調理場でアンコウを解体する大平さん。最初に肝を取り出し、順番に七つ道具をまな板に並べていく(写真・下)割烹一平のどぶ汁。肝を大量に入れた濃厚な味わいが特徴

 ≫≫≫ ひとくち豆知識 ≪≪≪

 【食感が異なる七つ道具】アンコウのさばき方は他の魚と違い解体に近い形で各部位に分けられる。(1)肝(2)胃袋(3)皮(4)エラ(5)卵巣(6)ヒレ(7)身―は「七つ道具」と呼ばれ、食感が異なる。鍋に入れ、それぞれの食感を確かめながら味わい、食後に答え合わせをしてもおもしろい。「つるし切り」のイメージが強い魚が、まな板でもさばくことができる。身は淡泊でふっくらとした食感が特徴。肝は濃厚で、皮はコラーゲンを含み、女性にも人気だ。

 【肝が濃厚でなめらか】「東のアンコウ、西のフグ」と言われるように、アンコウは冬に旬を迎える高級食材として知られている。本県沖などを指す「常磐沖」のほか、日本の南側の海や日本海でも漁獲される。海外でも食べられており、イタリアでは身をムニエルにする。いわき市にある割烹(かっぽう)旅館「天地閣」の大平均さんはアンコウについて「頭が大きく身は少ないが、ほぼ全てを食べられる魚」と説明。常磐沖でとれるアンコウの特徴については「肝が濃厚でなめらか」とした。