【食物語・祝言そば】 長く一緒に願う『一杯』 良質な蕎麦育つ猪苗代

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盛り付けをする小板橋さん。地鶏そばには会津地鶏をふんだんに使っている=猪苗代町・農家レストラン結

 県内有数の蕎麦(そば)の産地として知られる猪苗代町。高原の涼しい気候と清らかな水が良質の蕎麦を育てる。町は「蕎麦の里」を名乗り、この特産を目当てに県内外から訪れる蕎麦好きは多い。町内の惣座(そうざ)遺跡からは古代蕎麦が出土、町の蕎麦の歴史をたどれば平安後期から鎌倉時代まで遡(さかのぼ)る。

 ◆地元総出で作る

 記者として約2年前に着任して間もないころ、蕎麦を食べ歩く中で祝言そばと出合った。蕎麦と言えばざる蕎麦を思い浮かべていたが、目の前の蕎麦は鶏とゴボウの出汁(だし)に支えられた、素朴な味わいの温かな一杯だった。なぜ祝言そばと呼ぶのか―。その答えを先輩記者の記事に見つけた。

 結婚を祝うため地元総出で作ったごちそうが「祝言膳」。住民同士の結婚式は農閑期の冬に自宅などで行われ、そこで出された祝言膳は2人の門出を祝した振る舞い(披露宴)を彩る特別な料理だった。料理人や女性たちはキンメダイや紅白かまぼこ、会津伝統の「こづゆ」など験を担いださまざまな料理を用意。祝言そばは祝言膳の一品で、猪苗代ならではのハレの日の料理だった。

 祝い唄や謡も披露宴には欠かせず、若者は長老の家に集まって練習を重ね、受け継いできた。祝言そばと共に披露される蕎麦口上に「婚礼と申すは人間一生一代花が咲くとの事なれば...」とある。謡や口上を伝える猪苗代三番叟保存会長の渡部喜昭さん(79)は「『あなたのそばで、いつまでも、長く一緒にいられるように』と、口上には2人の願いが込められている」と自らの体験を振り返りながら教えてくれた。

 ◆伝統の味を提供

 集落を挙げての祝言は昭和30年代ごろまで続いた。やがてホテルや式場で式を挙げるようになると、伝統的な結婚式は姿を消していった。1997(平成9)年に、昭和初期の祝言を再現したイベント「おシンさんの嫁入り」が町内で行われ、花嫁行列や祝言膳が一時的によみがえったものの、担い手不足などの理由から現在は行われていない。渡部さんは「高齢化が進み、集落の若者が減って伝統が守れなくなっていく」とさみしそうに語った。

 ただ祝言膳は消えたが、祝言膳の一つの祝言そばは残った。町内のいくつかの蕎麦店が、鶏とゴボウの蕎麦を提供している。

 ◆集落のごちそう

 猪苗代町見祢(みね)地区の住民が地元の集会所を改装した食堂「農家レストラン結」(電話0242・23・7747)を開いている。コメや蕎麦、野菜などほとんどの食材を集落で栽培、メニューに祝言そばと同じ作り方の「地鶏そば」(税込み1180円)を掲げる。蕎麦の上にのるのは会津地鶏とささがきのゴボウ。シンプルな具材だが、しっかりと出汁が出て存在感を発揮する。手打ちの蕎麦を箸で持ち上げると、出汁の香りが力強い。蕎麦は200グラムと量も十分。こづゆ、いかにんじん、大根の漬物も添えられている。

 店を切り盛りする小板橋末子さん(58)は「市販品は出さない。手作りを味わってほしい」と料理への思いを語った。ベテランの蕎麦職人で店長の大桃巌さん(62)は「(地鶏そばは)集落のごちそう。祝言膳と変わらない。精いっぱいもてなすのが仕事」と笑顔を見せる。

 祝言膳はなくなったが、祝言そばは料理人の手によって残った。「千年前から(蕎麦に)親しんできたことを想像すれば、やはり(猪苗代と)相性がいいのかな」と大桃さん。蕎麦口上にあるように、猪苗代の人たちと蕎麦の関係はこれからも続くのだろう。

食物語・祝言そば

食物語・祝言そば

食物語・祝言そば

(写真・上)そばをゆで上げる大桃さん。大釜から湯気が立ち上る=猪苗代町・農家レストラン結(写真・中)再現された昭和初期の祝言膳。地域の人たちが限られた素材を生かし、めでたい門出の喜びを共有した(写真・下)会津地鶏とゴボウを使った地鶏そば。こづゆ、いかにんじん、大根の漬物が添えられている

 ≫≫≫ ひとくち豆知識 ≪≪≪

 【昭和初期の結婚式を再現】猪苗代町で昭和初期の結婚式の様子を再現したイベント「おシンさんの嫁入り」が1997(平成9)年から2011年まで計13回行われた。おシンさんは1928年に同町長坂に嫁いできた故渡部シンさんがモデル。渡部さんは当時の様子を詳細に記録しており、記録に基づき花嫁行列、結び(結婚式)、振る舞い(披露宴)など婚礼全般が再現された。メインの花嫁・長持ち行列では、長持唄が響く中、行列が町内を練り歩いた。結びと振る舞いでは祝言膳が復活。祝い唄の「めでた」なども披露された。

 【味わい方多彩贅沢なセット】猪苗代町三ツ和村西にある手打ち蕎麦処いわはし館は、オリジナルメニューとして「祝言そばセット」を提供している。鶏とゴボウの入った祝言そばと、冷たい五段のそばを両方味わえる贅沢(ぜいたく)な一品だ。五段のそばはネギと七味、胡麻(ごま)とクルミ、シイタケとユズ、ひきわり納豆、大根おろしと鷹(たか)の爪の5種類の薬味で食べる。税込み1350円。問い合わせは同館(電話0242・72・0212)へ。