【食物語・しんごろうと鯨汁】 エゴマたっぷり...庶民の知恵が生んだ味

 
団子状に丸めたコメに、手際よくエゴマを使ったみそを塗る荒川さん

 体によいとしてエゴマが注目を集める中、話題になりつつある郷土料理がある。南会津、下郷の両町に伝わり、団子状に丸めたコメにエゴマを使ったみそをたっぷりと塗った、その名も「しんごろう」。健康志向の高まりもあって、首都圏で開かれるイベントでの売れ行きは上々という。

 名前も見た目も一風変わったしんごろうについて知りたいと、南会津町の中心部にあり、郷土料理を提供するレストランが入る会津田島祇園会館に向かった。

 出迎えてくれたのは同館を運営する「NPO法人はいっと」の会長荒川美和子さん(73)。しんごろうの調理法を見せてくれた。荒川さんいわく「味の決め手はエゴマみそ」。材料は主役のエゴマの実と砂糖、みそ、酒、みりんなど。しんごろうをメニューに掲げる飲食店や町内の家庭でも材料に大きな違いはない。その分量が決め手となる。スタッフと試行錯誤を重ねて決めたという荒川さんの分量は、こちらの予想通りの「企業秘密」。エゴマは栄養価が高いとされ、食べれば10年長生きできるとの言い伝えから、会津では「じゅうねん」とも呼ばれる。荒川さんは「いかにも体によさそう」と思わせるほど大量のエゴマをすり鉢ですり始めた。

 ◆貧しさから工夫

 名前の由来について諸説あるものの、最も広く知られているのが生みの親「新五郎」。新五郎は貧乏だったため正月にお供えする餅を用意できず、餅の代わりに屑米(くずまい)をつぶして丸めた。これに昔から会津で栽培されてきた、寒冷な気候でも育つエゴマを使ったみそを塗って食べた。その味は抜群で近所でも「おいしい」と評判になり、普及していったという。

 やせた土地で懸命に栽培したコメを年貢として取り立てられた農民が、見た目にコメだと分からないよう真っ黒なエゴマみそを塗って食べたのが起源との説もある。「庶民の食べ物だったため起源などを詳しく記した文献はない。ただ推察も含めて多くの説があり、それだけ人々の関心を引き、愛されてきた食べ物なのでしょう」と荒川さんは誇らしげだ。

 すり鉢でする作業は20分以上続き、荒川さんの額に汗がにじんだころ、甘い香りを漂わせるエゴマみそが完成した。

 「しんごろうに鯨汁は付き物」と、荒川さんは鯨の脂身の塩漬けを具材にした汁物も作ってくれた。保存の利く塩漬けの鯨肉は日本海から運ばれ、江戸時代ごろから会津でも食べられるようになった。しんごろうを食べるのは新米の収穫後。これから到来する長い本格的な冬に備え、脂肪分を豊富に摂取できる鯨汁も一緒に味わうようになったとされる。

 ◆海山の名コンビ

 竹串に刺したしんごろうを炭火であぶると、香ばしい香りが漂い、食欲を刺激する。焼きたてを口に運ぶと、エゴマの甘さと香りが広がり、粗めにつぶしたコメの食感がうれしい。鯨汁は椀(わん)に注がれてから時間がたっても、溶け出した脂が汁の表面に膜を張り熱々のままだ。独特の香りが後を引き、適度な塩気がエゴマの甘みを際立たせる。夢中になってしんごろうと鯨汁を食べ進めた。気付くと体の芯から温まっている。寒冷な山村に生きた先人たちの知恵と工夫が詰まった料理に感服した。

食物語・しんごろうと鯨汁

食物語・しんごろうと鯨汁

食物語・しんごろうと鯨汁

(写真・上)すり鉢で丹念にすられるエゴマ。調味料の分量は「企業秘密」という(写真・中古くから会津で食べられている鯨の塩漬け(写真・下鯨の脂身が溶け出した熱々の鯨汁

 ≫≫≫ ひとくち豆知識 ≪≪≪

 【田島祇園祭の歴史も分かる】南会津町の会津田島祇園会館は毎年10月中旬ごろから11月末にかけての土、日曜日と祝日にしんごろう(1本180円)と鯨汁(1杯200円)を提供している。予約すればこの期間以外でも味わうことができる。旬の地元食材を使った家庭料理バイキングも人気だ。館内では800年余りの伝統を誇る会津田島祇園祭に関する資料を展示している。あでやかに町内を練り歩く「七行器(ななほかい)行列」を等身大の人形で再現したコーナーや、昭和初期の祭りの様子を収めた写真の展示コーナーがあり、町の観光スポットとなっている。問い合わせは同会館(電話0241・62・5557)へ。

 【スーパーで年中売っている】南会津町では一年中、鯨の脂身の塩漬けを扱っているスーパーもあり、鯨汁が家庭の味として根付いている。脂肪と塩分を適度に補給してくれるため、夏バテ防止に食べる住民もいる。鯨の脂身のほか、ジャガイモ、ニンジン、ネギなどを具材として用い、みそで味付けする。