【維新再考・識者に聞く】森田 健司さん(1) 江戸っ子は幕府応援

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もりた・けんじ1974(昭和49)年、神戸市生まれ。京大経済学部卒、京大大学院人間・環境学研究科博士後期課程単位取得退学。現在は大阪学院大経済学部教授。専門は社会思想史で、特に江戸時代の庶民思想の研究に注力している。著書に「明治維新という幻想」「江戸の瓦版」などがある。

 戊辰戦争150年を前に明治維新を本県の視点から検証する連載「維新再考」。第1部「識者に聞く」は、今回から江戸時代の民衆に焦点を当て社会思想史を研究する大阪学院大経済学部教授の森田健司さんが登場する。「新しい時代をひらいた」といわれる新政府軍を、当時の庶民たちはどう捉えていたのか。幕末期のメディアである錦絵などを用いて検証し、明治維新の実像を読み解いていく。

 新政府軍の暴挙に反発

 1868(慶応4)年1月、京都郊外の「鳥羽・伏見の戦い」で戊辰戦争が始まった。日本を二分する戦いは、旧幕府軍が押され、戦場は東進する。江戸の庶民の反応はどうだったのか。味方と考えていたら新政府軍の快進撃を歓迎していたはずだ。しかし事実は逆で、新政府軍を嫌い、旧幕府軍の勢力挽回を願った。

 「人々に自由や平等をもたらした明治新政府」という常識からみると意外だ。昭和初期に書かれた幕末回想録「戊辰物語」をみると、江戸の庶民は暮らしに不満はあっても、幕府を転覆し新しくしようとは考えていない。開港に伴う物価高騰で生活が苦しくなっても幕府批判に直結せず、幕府を信頼していたようだ。

 民衆が幕府を評価した理由は「平和」だったことにある。江戸に限らず、平和で治安の良いことが、幕府を支持する根拠だった。だが幕府が朝廷に政権を返上(大政奉還)した67年秋ごろから、長らく高い水準で維持されていた治安が急激に悪化。江戸を中心に豪商や名主たちが相次いで集団強盗に遭った。

 強盗の背後には倒幕の口実を失った薩摩藩がいた。民衆に不安を生じさせ、幕府が制圧のために武力行使してくると目論(もくろ)んでいた。挑発計画は67年12月、江戸市中警備を担当していた庄内藩などによる薩摩江戸藩邸の焼き討ちにつながる。薩摩藩に戦(いくさ)の理由を与えてしまい、鳥羽・伏見の戦いの引き金になった。

 江戸に来た新政府軍は増長した。軍とは名ばかりの無法者は「官軍」を笠(かさ)に着て、私利で私欲を追い求めた。数々の犯罪行為は罪に問われず闇に葬られ「正史」に残っていない。新政府軍を否定する民衆が支持し、新政府軍の天敵として立ちはだかった「彰義隊」も、68年5月の上野戦争でせん滅された。

 彰義隊が江戸から消えた後、庶民は新政府軍に屈服したのだろうか。まったくそんなことはない。庶民は戊辰戦争の行方を見守り、会津藩などの旧幕府軍の巻き返しを祈った。新政府軍を嫌う庶民の心情は、当時数多く発行された「諷刺(ふうし)錦絵」に刻まれている。民衆の視点で戊辰戦争を見ていきたい。 

 ※「戊辰戦争」「明治維新」を新たな視点で問い直す長期大型連載「維新再考」は、引き続き福島民友新聞で毎週月曜日に掲載します。どうぞお読み下さい。