【維新再考・識者に聞く】森田 健司さん(2) 「担がれた天皇」お見通し

  このエントリーをはてなブックマークに追加 

 江戸時代の庶民の視点から幕末、戊辰戦争を検証している大阪学院大教授の森田健司さん。第2回も、民の声を「判(はん)じ物(もの)」で表現した諷刺(ふうし)錦絵を取り上げ、謎解きから当時の「民意」に迫る。

 戊辰戦争の開始以来、新政府軍が圧倒的な力を持ち続けたのは、「錦の御旗」に表されるように天皇を味方に引き入れたからだ。今回は、新政府軍が天皇を抱え込んだ点に焦点を当て、一枚の諷刺錦絵を紹介したい。

 「当世三筋(みすじ)のたのしみ」という題名の錦絵で、改印や版元、絵師名がない非合法出版物だ。「三筋」とは三味線のことで、家の中で女性の師匠が三味線を教え、玄関前に来客がいる構図である。

 制作時期は江戸城が無血開城された1868(慶応4)年4月11日より前で、戊辰戦争の勝敗はまだ不明瞭だ。

 高度な謎で薩長批判

 さて、謎解きを始める。

 玄関の上の表札に「歌沢てん」とあり、女性の師匠の着物の柄は「天」と読める。つまり女性は徳川第13代将軍家定の正室「天璋院篤姫(てんしょういんあつひめ)(注1)」を表している。

 その横に座る女性は、うちわの模様が天皇家の菊花紋を連想できることから、第14代将軍家茂の正室「和宮(かずのみや)(注2)」である。

 天璋院の前に座って「どうせヤケだよ こうなるからには 親も主人も 向こう面(づら)」と愚痴を言うのは、着物の絵ろうそくの模様から会津藩。今も会津の伝統工芸品である会津絵ろうそくは当時から有名だった。

 ほかに座っている男性3人は、庄内藩、尾張藩、紀州藩と読み解け、家の中は全て旧幕府側である。

 制作者が最も重視したのは、配置とセリフの大きさから会津藩だ。天璋院は「ごひいきを なにぶんお願い申します」と話し、会津藩の活躍を期待する。これは明らかに江戸の庶民の気持ちを代弁している。戊辰戦争の鍵になるのは会津藩で、きっと新政府軍を蹴散らしてくれると願った。

 ※「戊辰戦争」「明治維新」を新たな視点で問い直す長期大型連載「維新再考」は、引き続き福島民友新聞で毎週月曜日に掲載します。どうぞお読み下さい。

(注1)天璋院篤姫(てんしょういんあつひめ)(1836~83年)薩摩藩主島津家の一門に生まれ、徳川13代将軍家定に嫁いだ。1年9カ月後に家定が急死すると、14代将軍家茂の養母として江戸城大奥を取りまとめた。江戸城に迫る薩摩藩の西郷隆盛ら新政府軍に働き掛け、江戸城無血開城に尽くした。

(注2)和宮(かずのみや)(1846~77年)討幕に反対だった孝明天皇の妹。朝廷の権威を掲げ、幕府再強化などを進めた公武合体政策の結果、1862(文久2)年、14代将軍家茂に嫁いだ。68年の鳥羽・伏見の戦い後、徳川家への寛大な措置を朝廷に嘆願した。

もりた・けんじ 1974(昭和49)年、神戸市生まれ。京大経済学部卒、京大大学院人間・環境学研究科博士後期課程単位取得退学。現在は大阪学院大経済学部教授。専門は社会思想史で、特に江戸時代の庶民思想の研究に注力している。著書に「明治維新という幻想」「江戸の瓦版」などがある。