【維新再考・流転の地】斗南編6 創設翌年に廃藩の悲劇

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廃藩置県を前に松平容保が滞在した円通寺の山門=むつ市

 戊辰戦争で失われた「祖国」の再興へと、陸奥の地で苦闘を始めた斗南(となみ)藩だったが、新藩創設翌年の1871(明治4)年には、再び「滅藩」の悲運が見舞った。作家・星亮一さんが語る「維新再考」斗南編第6回は、斗南藩の消滅と、その後の会津人の歩みをたどる。

 「なんのためにこれほどの苦労をしてきたのか」

 斗南藩に決定的な打撃を与える出来事が1871年夏起こった。廃藩置県である。それは斗南藩の消滅を意味した。

 廃藩置県は、藩主が統治する藩を廃止し、代わって府・県を置き、政府が任命した県令が治める中央集権化の大改革だった。

 2年前の69年には、すでに藩主が領地・領民を天皇に返上する版籍奉還が行われたが、藩主は家禄の支給を受け、そのまま知藩事(地方官)として藩政に当たっていた。廃藩置県は、この中央集権化の仕上げだった。

 藩権少参事広沢安任(やすとう)は「これでいいのではないか」とひそかに思った。

 背景には各藩の財政難があった。薩長を含め各藩とも、戊辰戦争で使った膨大な戦費により財政が破綻、一般兵士の恩賞までは手が回らず士族に不満が渦巻いた。これに百姓一揆が加わり、藩の維持は困難になっていた。

 71年7月14日、政府は在京の知藩事を皇居に集め廃藩置県を命じた。政府が懸念した武力抵抗は起きなかった。

 これにどう対応するか。斗南藩の権大参事山川浩らは、情報の分析と生きる道の模索に全力を尽くしていた。藩がなくなっても会津人は自活しなければならないのだ。

 まず、廃藩置県を人々にどう説明するかが大問題だった。藩がなくなるならば、無理をして斗南藩を創設する必要もなかった。全員、帰農し会津に住み着けばよかったではないか。そうした声もあからさまに出た。

 斗南藩士の生きる道を模索したのは広沢だった。小県では財政力も弱く、県になったところで生活が成り立たないことは明白だった。いくつかの県が合体し青森県をつくる、それが広沢の構想だった。彼はこの際、津軽県と合併すべきと考えた。これもすべての人に理解してもらうことは困難だった。

 そこで主君松平容保(かたもり)の出番だった。

 当時、東京に住んでいた容保が、山川の要請で下北半島に入ったのは、廃藩置県決定直後の7月20日。海路、陸路を経て藩庁を置いた田名部(たなぶ)の円通寺に着くと容保は、旧臣たちに廃藩の布告(名義は藩主容大(かたはる))をした。さらに、この布告を挟み1カ月以上、藩内各地に藩士らを訪ね、野辺地、五戸などそれぞれの場所で涙に暮れる人々に別れのあいさつをした。

 「余のために斗南藩をつくろうとした諸君たちのことを考えると、廃藩置県は胸が引きちぎられる思いである。この戦いで生命を落とした三千の将兵のためにもなんとか生きてほしい。諸君たちに幸せが訪れるよう願う。なにもしてやれない容保を許せ」

 出迎えた旧臣たちは、言葉も出ず、ただただうなずくばかりだった。

 そして71年10月、府県制度が制定され、斗南、津軽など各旧藩が一体となった青森県が誕生。斗南藩は完全に消滅した。

 若松、難民であふれる

 青森県は、山川たちの働き掛けを受け、困窮する旧斗南藩士の救済策として、他県への転出者、県内での自立希望者それぞれへの支援金支給などを決めた。ただ、最終的には各自勝手たるべしというのが、県の方針だった。

 会津藩再興を夢見て新藩創設に当たった1万7000余人は、陸奥に残る者もいたが、多くが新しい暮らしを求め散っていった。

 74(明治7)年8月の調べでは若松県に戻った人々は2682戸、1万278人。全移住者の59%に達した。しかし、戻ったところで住まいも土地もなかった。

 斗南ケ丘の荒川類(るい)右衛(え)門(もん)一家は、開拓地、三本木への入植を一度決めたが撤回し73年4月、出稼ぎの名目で若松へ戻った。一家5人はこの旅で所持金も乏しくなったが、仕事は日雇い作業しかなかった。若松の町は斗南帰りの「難民」であふれていた。

 荒川家ではこの年8月、14歳の長男が疫病で命を落とした。斗南で栄養失調になり、体力がないため病魔に勝てなかった、と類右衛門は日記に記した。翌年には妻、長女が相次いで病死した。妻は38歳、長女は20歳だった。

 帰郷した人々は、こうして、さらに東京、北海道へと分散移住していった。

 一方、斗南藩のリーダーだった山川浩、永岡久茂、広沢安任も、それぞれが全く違った道を歩み始めた。ただ、三人の姿はいずれも、明治を生きた会津人を象徴するものだった。

 連載「維新再考」の保存版は、第1部「識者に聞く」のうち、「半藤一利さん編」(全7回)、「中村彰彦さん編」(全7回)、「磯田道史さん編」(全3回)、「森田健司さん編」(全7回)の4編があります。福島民友販売店で無料で提供しています。問い合わせは福島民友新聞社販売局(電話024・523・1472)へ。