東北初出土、小規模古墳から「銅鏡」 会津坂下・境ノ沢古墳群

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境ノ沢古墳群から出土した古墳前期の小型の銅鏡。文様が確認でき、くるんでいた布の痕跡もある。上に配置された石にも何らかの意味があるとみられている=23日、会津坂下町塔寺

 会津坂下町にある古墳時代前期(3世紀後半~4世紀前半)の遺跡「境ノ沢古墳群」の小規模な古墳から、直径約6センチの小型の銅鏡が出土したと23日、町教委が発表した。古墳時代前期の小規模な古墳から銅鏡が出土するのは東北地方で初めて。県内での同時期の出土例は少なく、会津地方では同町の森北1号墳での発見以来18年ぶり4例目。

 町教委によると、同古墳群は会津盆地西縁の丘陵の尾根上に立地。古墳は19基確認され、多くが方形で、周りに溝を巡らせた「周溝墓(しゅうこうぼ)」だった。最大級が東西13メートル、南北14.8メートル、最小は東西4.5メートル、南北4.8メートルと大きさはまちまち。古墳の規模から「村長(むらおさ)」クラスの墓の集まりで、銅鏡も村の所有物とみられる。古墳からは土師器(はじき)も見つかった。

 銅鏡は最小の古墳の周りの溝から出土。造成時に掘られた溝がいったん埋められ、再度掘り下げて埋納された。町教委は小規模な古墳に銅鏡を埋めた事例は東北初とし、「古代の鏡は祭祀(さいし)に用いられており、この銅鏡も祭祀で埋められたのではないか」とした。

 元日本考古学協会長の大塚初重明治大名誉教授(89)は「古墳時代の東北地方の社会構造を考えるきっかけになる」と意義を語る。藤沢敦東北大教授(55)は「東北地方の村で銅鏡を使った祭祀を行っていた裏付けになる。北陸地方とのつながりも見える」とした。同日の会見で、佐藤玄教育長は「貴重な町の宝で、古墳群の保存や活用の方向性を探っていく」とした。

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