「記者たちは海に向かった」著者 門田隆将さんに聞く

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「震災の記憶の風化を感じるが、夢に向かい進んでいるのも福島」と語る門田さん=福島民友新聞社

 新しい発想で福島発信 風化、風評と闘い復興への前進を

 東日本大震災と原発事故を巡る福島民友新聞の関係者たちの苦闘を描いたノンフィクション「記者たちは海に向かった」の著者である作家、門田隆将さんが、震災発生から丸6年となるのに合わせ県内を訪れた。取材するうち本県との関係が見えてきたという新作「奇跡の歌」(仮)や、被災地への思いなどを聞いた。(聞き手・編集局長 菊池克彦)

 ―震災から丸6年となる3月11日の来県だが。
 「7月ごろ出すノンフィクションの取材をしているが、その最後に、福島の子どもたちの姿を書こうと思った」

 ―新作の内容は。
 「私の故郷高知県にゆかりのある『南国土佐を後にして』という、歌手のペギー葉山さんが歌いヒットした曲がある。実は戦時中、中国大陸で戦った陸軍歩兵236連隊(高知)で歌われた『南国節』から生まれた。望郷の歌である『南国節』は戦後、復員してきた人たちから広まり、歌詞の一部を変えた『南国土佐―』が歌手によって歌われるようになった。しばらくヒットはしなかったが1958(昭和33)年にNHKの高知放送局が開局する時、本式のオペラを学んだプロデューサーがいて、『南国土佐―』をアルトのペギー葉山さんが歌ったら爆発的にヒットする―とひらめき歌わせた。すると本当に大ヒットした。この物語を追っている」

 ―福島とも縁が。
 「実は巡り巡って福島県にまで関わってくる。『南国節』から派生した歌が、東日本大震災の時、子どもたちを元気づける歌に発展していった。ペギーさんは戦時中、福島県内に疎開した経験があり、彼女に長時間インタビューを始めると、福島のことも話し始めた。望郷の歌は、平和の歌であり、長い時間をかけ励ましの歌になった。タイトルは『奇跡の歌』にしたいが、まだ分からない」

 ―2014年出版された著作「記者たちは海に向かった」が3年たち今年、文庫化された。この3年で福島はどう変わったと思うか。
 「(震災の記憶の)風化はすごく感じる。同時に(原発事故に関わる)風評によって、安全性に依然、漠とした不安が覆いかぶされ、福島への差別を生んでいる。風化と風評、二つの『風』と福島は闘っている。(原発推進と反原発など)政治的イデオロギーの対立の地にされているのも福島だ。しかし、復興への夢に向かい前へ進んでいるのも福島。福島は今、いろいろな面を持っている」

 ―確かに今、若者が正しい情報を得るため自分の目で見る―という動きがある。先日は県内の高校生が初めて福島第1原発に入った。
 「福島への無理解、無関心との闘いは、しんどい。しかし、地元の人々やメディアは、新しい発想で福島の情報をどんどん発信していかなければ―と思う。受け身の報道ではなく、独自の発信を続ければ、注目は集まる。私自身も、新作の取材をするうち、自然と導かれるように福島へ足が向いているのだから」

かどた・りゅうしょう 1958年、高知県生まれ。中央大法学部卒。新潮社を経て2008年独立。戦争、事件、スポーツなど幅広い分野のノンフィクションを手掛ける。著作に「記者たちは海に向かった」「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発」(角川文庫)など多数。58歳。