浪江、川俣・山木屋、飯舘「避難指示」解除 帰還には課題山積

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 政府は31日、東京電力福島第1原発事故で浪江、川俣、飯舘の3町村に出していた居住制限、避難指示解除準備の両区域に対する避難指示を解除した。続いて4月1日には富岡町でも解除される。復興の加速が期待されるが、住民の放射線への不安は根強く、買い物や医療を支える生活インフラは十分に整っていない。帰還には高いハードルが待ち受ける。

 富岡を含めた4町村の解除対象住民は、2月末~3月1日時点で計約1万2000世帯、約3万2000人に上る。このうち、浪江町の解除区域の対象人口は町全体の約8割を占める1万5294人(2月末現在)で、これまで解除された市町村で最多となる。

 復興庁などが昨年8~9月に実施した住民意向調査では、浪江、富岡両町で5割以上が「戻らないと決めている」と回答した。特に30代以下の若い世代では7割前後が帰還を断念。原発の安全性のほか、医療環境や生活用水の安全性への不安を理由に挙げる人が多かった。

 東日本大震災と原発事故による本県の避難者は3月現在で約7万7000人。ピークだった2012(平成24)年5月の約16万5000人からは半減したが、さらに住民帰還を進めるには課題が山積している。

 4町村の解除により、避難区域の全体面積は原発事故当初の約1150平方キロから約370平方キロと約3分の1に縮小される。県全体の面積の2.7%に相当する。

 山木屋地区の避難指示の解除で川俣町には避難区域がなくなる一方で、富岡、浪江、飯舘と大熊、双葉、南相馬、葛尾の計7市町村の一部には帰還困難区域が残る。

 第1原発が立地する双葉、大熊両町では居住制限と避難指示解除準備の両区域も解除できず、全域が避難区域のままとなる。帰還困難区域について政府は、域内に住民が居住できる「特定復興拠点」を定めて除染と整備を併せて行い、5年後をめどに避難指示を解除する方針を示している。