浪江・避難指示解除から「1カ月」 解除で町民の意識変わった

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「避難指示解除によって町民の意識が変わることが大きなこと」と話す朝田社長=浪江町

 避難解除区域の対象人口が、町全体の約8割の1万5000人超を占める浪江町。「解除されて特別何かが変わったということはない。でも、『解除』ということで、人々の意識が変わったのが大きい」。浪江町北幾世橋の建築資材メーカー「日化ボード」の朝田英信社長(67)は語る。「戻るという人も少しずつ増えている。浪江に住むという人も、避難先に定住するという人も、『浪江には戻れるんだ』という安心感は大きいのではないか」

 いち早く事業再開

 東京電力福島第1原発事故で、本社のある同町北幾世橋は避難指示解除準備区域になった。原発事故から2年が過ぎた2013(平成25)年春から、操業再開に向け工場に立ち入るようになった。

 「工場周辺の線量を自分で測ってみたら比較的低かったので、『再開できる』という確信はあった」。数人の従業員とともに工場の清掃や機械の整備などを行い、約1年かけて再稼働にこぎ着けた。

 町内でいち早く事業を再開したが、障害は多くあった。原発事故による風評被害で受注が落ち込み、現在の売り上げは震災前の6割強程度にとどまる。製品の耐火ボードなどは事業再開後から放射線量の検査を行い、不検出となっているが、再開直後は取引先から検査結果の提出を求められた。

 現在は検査結果の提出を求められることもなくなったというが、一度仕入れ先を変更した東京や北関東の顧客からの注文が戻る気配はなく「6年で失った被害が回復するには、同じかそれ以上の時間がかかるのではないか」と漏らす。

 「生きがい取り戻す」

 町によると、町内での再開事業所は、建設業を中心に50を超える。朝田社長は避難先のいわき市から通勤、11人の従業員もいわき市や南相馬市などから通う。

 今後、自宅の修繕や復興公営住宅などの住宅環境整備によって自身も含め帰還が進むと期待する。人が戻れば飲食店などの再開も進み、町の活気につながる。

 「人にとって、仕事や働くことはすごく大事なことで、生きがいになる。その生きがいを取り戻せればいい。『浪江町民がんばれ』という思いだ」