飯舘・避難指示解除「1カ月」 ブランド牛復活へ一歩

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村内での畜産を再開した山田さん。事故後6年が経過し、ブランド牛「飯舘牛」の復活へ大きな一歩を踏み出した

 「何も珍しいことはない。元の仕事に戻っただけなんだから」。飯舘村の畜産農家で唯一、飯舘牛の繁殖を再開した山田長清さん(66)は、言葉に力を込める。村では事故前、肉牛の繁殖や肥育、酪農を含めて村内で234軒の畜産農家が約2800頭を飼育していた。山田さんはブランド牛の産地復活に向け、大きな一歩を踏み出した。

◆資金に課題 覚悟の挑戦

 昨年9月に県の営農再開事業の一環として肉牛繁殖用の母牛の飼育を始めた。尿や血液を検査し、放射能汚染などの影響を調べるためだ。

 山田さんの牛舎周辺の空間放射線量は毎時0・12マイクロシーベルト程度。「(放射能を)出さない自信はあった。それでも不安はあったよ。だめだったら、全滅だからね」

 5カ月後の検査で放射能は検出されず、今年3月に営農再開を果たした。村の避難指示が解除された4月上旬、本宮市の県家畜市場で行われた和牛の初競りでは、子牛1頭を競りにかけた。事故前と比べると高値といえる売値ではなかったものの「やっと戻れた気がした」。何ものにも代え難い喜びがあった。

 山田さんは事故後、母牛15頭のうち4頭を猪苗代町の県農業総合センター畜産研究所に避難させた。その後の実証飼育では、避難した4頭に加え、繁殖した子ども世代、孫世代の計13頭を迎え入れた。

 「元の牛を戻したから、俺は『6』からのスタートだった。1からだったら多分やらなかったよ」と仕事の手を休めて冗談気味に語るが、覚悟を決めた上での挑戦だった。

 初期投資や餌代など、畜産の再開には資金面に課題が残る。事業費の4分の3を支援する補助金制度や、肉用の雌牛を購入する際に1頭当たり26万2500円の補助制度を活用できるが、1頭100万円前後の牛を仕入れ、子を産み、出荷できるまで2年かかる。その間の収入はゼロに等しく、子牛が売れる保証もない。

 「(補助金がなければ)若い人が始めようとは思えないだろ」。話す視線の先には、もう一つの課題がある。水田に積み上げられたままの大型の土のうが農家の営農意欲をそいでいると考える。「(除染の袋が)なくなれば、もっと戻ってこられると思うんだけどな」。山田さんは多くの同志の思いを代弁した。