松平容保の「写真」発見! 幕末の会津藩主、明治初期に撮影

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1874(明治7)年4月までに撮影された松平容保の写真。和装だが、左手に洋風の帽子を手にしている

 幕末の会津藩主・松平容保(かたもり)を明治初期に撮影した写真が8日までに、会津若松市内で見つかった。写真を包んでいた紙の書き付けに「明治七年四月に戴く」とあり、専門家は「撮影時期が推定できる点が貴重で珍しい」としている。

 戊辰戦争で会津藩が敗れた後、容保は東京などで謹慎。1869(明治2)年に会津藩再興が許され、現在の青森県に斗南藩が成立し、容保の嫡男・容大(かたはる)が斗南藩知事になった。容保は71年に斗南藩領に移るが、廃藩置県ですぐ東京に戻り、72年に蟄居(ちっきょ)が許され、しばらくは東京で暮らした。

 同市の歴史家・野口信一氏(67)によると、容保は74年4月27日、会津で行われる戊辰戦争戦死者を弔う七回忌に出席するため東京を出発。5月初めに会津入りし、約1カ月を過ごした。野口氏は写真について「容保が身分の高く親しい旧会津藩士に贈ったもの」とし、「もしかすると慰霊に旅立つ姿を写した写真かもしれない」と想像を膨らませた。

 写真は市内の収集家が入手したもので、74年時に容保から写真を贈られた人物は不明だ。このほか容大が12歳時に書いたという書「春濤(しゅんとう)」(春先、岸に打ち付ける穏やかな波の意味)、江戸幕府最後の将軍・徳川慶喜の写真も見つかった。

 9日から展示

 松平容保の写真などは9~11日に会津若松市文化センターで開かれる「第3回 戊辰と明治展」で展示される。入場無料。時間は9日が午後4時30分~午後8時、10日が午前9時~午後8時、11日が午前9時から午後3時まで。同市の歴史家・簗田直幸氏(63)は「戊辰150年の節目を前に会津の歴史を再確認してほしい」と語った。