会津藩士家族の「新史料」寄贈 会津弔霊義会、歴史研究進展へ

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室井市長(右)に3種4冊の史料を贈呈した芳賀理事長(右から2人目)と野口評議員(同3人目)。左は本田樹教育長

 幕末の戊辰戦争で敗れた会津藩士の家族の避難先が記された史料が10日までに、会津若松市の会津図書館に寄贈され、複写本の利用が可能になった。不明だった藩士家族の動向を知る手掛かりで歴史研究が進展しそうだ。

 寄贈したのは、戊辰戦争で戦死した会津藩士を慰霊・顕彰する会津弔霊義会(芳賀公平理事長)で、昨年末に同会事務所で発見した。史料名は「旧藩御扶助被下候惣人別」。

 敗戦後、藩士は現・猪苗代町などで謹慎し、斗南藩再興が許されて現・青森県へ移住した。家族は無罪とされたが、焼け野原の城下で生活できず、各地の農家に分散。移住までの間、避難生活を送った。

 史料は藩士3591家族が割り当てられた村名と当主である藩士名、家族数が記される。戸別の農家名は不明だが、352村に分かれていた。これまで個人の日記や農家側の伝承などが残されただけだった。

 大河ドラマ「八重の桜」の主人公・新島八重は1870年に山形県米沢市に移住するまでの動向が不明だった。史料には最初の夫・川崎尚之助の名で「塩川村2人」と記述。実家の山本家も塩川村とあり、八重は親族と現喜多方市塩川町にいたことが分かる。

 このほか同会は斗南移住者の名簿「南部移転人別帳」1冊、斗南に移住せず会津に残った藩士の名簿「若松管内居残惣人別帳」1冊も寄贈。同図書館は今後、2冊も複写本を作成する。6日に市役所で行われた贈呈では、同会の芳賀理事長と野口信一評議員が「来年の戊辰150年に向け、歴史研究に広く活用してほしい」と話し、室井照平市長らに3種4冊を手渡した。同会は今年設立100周年を迎えるため、史料の寄贈は記念事業となった。