「ウルトラマン」スーツアクター・古谷敏さんに聞く

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 福島市のとうほう・みんなの文化センター(県文化センター)で開かれている「ウルトラマン 光の物語展」では、ウルトラシリーズの原点となる「ウルトラQ」から最新作「ウルトラマンジード」まで、作品に関するさまざまな展示が人気を集めている。歴代作品の出演俳優に撮影時の思い出や作品の魅力などを聞いた。

 ―ウルトラマンのマスクを渡された時の第一印象は。
 「やはり葛藤があった。『俳優だよな俺は』と。しかし引き受けた以上はやらなければいけないという鉄則があった。ウルトラマンのスペシウム光線も、監督からは『毎回使うよ。ウルトラマンには武器がないからこれを武器にするよ』と言われた。じゃあ形を良くしなくてはと、あの型を毎日300回練習した」

 ―戦いのシーンで苦労したのは。
 「つらいのは重たい怪獣。その中に中島春雄さん(初代ゴジラなどを演じたスーツアクター。7日死去)が入っているともっと苦しい。大先輩だから精神的に苦しかった」

 ―ウルトラセブンのアマギ隊員としての思い出は。
 「ウルトラマンが終わる際、『ウルトラマンを殺さないで』という手紙と電話がテレビ局や円谷プロに来ていた。さらに『ウルトラマンを演じた古谷敏を俳優として育ててほしい』という投書もあった。それで、円谷英二さんをはじめさまざまな人たちが(ウルトラセブンへの出演を)決めてくれた。ウルトラマン全39話を演じたごほうびでもあったのだろう」

 ―県民にエールを。
 「福島県では地震と原発事故があったが、いつまでも、それを言っていてはいけない。それ以上の(前向きな)イメージを新聞社なりテレビ局が発信していかなければならない。さらに、その情報を政府ではなく、福島県から発信する必要がある。それにはヒーローやヒロインを作って活用すべきだ。それを発信すれば、子どもたちもついてくるだろう」

 ふるや・さとし 1943(昭和18)年、東京都生まれ。「ウルトラマン」(66~67年)でウルトラマンのスーツアクター。ウルトラセブン(67~68年)でアマギ隊員役を務めた。74歳。