避難解除半年「生活土台もう一度」 4町村『収穫』喜びと決意

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7年ぶりの稲刈りを控えて黄金色に染まった田んぼを見つめる渡辺さん

 東京電力福島第1原発事故で富岡町、浪江町、川俣町山木屋、飯舘村に出された避難指示が帰還困難区域を除いて解除されてから半年が経過した。帰還の動きはまだ鈍いものの、住民はかつてあった古里での豊かな生活を取り戻すため奮闘を続ける。7年ぶりに富岡町でコメの作付けを再開した同町の農業渡辺伸(のぼる)さん(56)は7日に予定する稲刈りを前に「今できることを一つ一つやっていくしかない」と前を向く。

 一時は無残なまでに荒れ果てた農地に黄金色に染まった原風景が戻った。「作付け初年度にしては、おおむね期待通りの成果を上げられた」。渡辺さんは稲刈りを待つばかりの田んぼを見つめて表情を緩ませた。

 東日本大震災前はコシヒカリを中心に約10ヘクタールの水田で有機栽培によるコメ作りに励んでいた。

 今年の作付面積は以前のわずか6%の約60アールにとどまったが、営農再開への大きな一歩に手応えを感じる。

 避難指示解除から半年。避難先のいわき市と町内を行き来する日々を送るが、コメ作りに再挑戦したことにより地元で過ごす時間が増えた。一変した古里に戻るたびに「6年もたつと(震災前の)生活のリズムがそう簡単には復活しないのが現実」と歯がゆい思いをすることもしばしばだ。

 来年は作付面積を今年の約4倍の2~3ヘクタールにしたいと考え、代かきを繰り返すなど一から土壌作りにいそしむ。しかし、除染で表土を剥ぎ取ったため、地中にあった石が地表に出てきたことに頭を悩ます。農地を荒らすイノシシも心配の種だ。「次々と課題が出てくるので国に改善を訴えてきたが、結果に結び付いていない。避難指示を解除したからこそ国が目に見える形で行動を起こしてほしい」

 それでも、県オリジナル米「天のつぶ」がすくすくと育った田んぼを前にすると、おいしくて安心して食べられるコメを作りたいとの決意が湧いてくる。「人の気持ちはすぐに変えられないが、数年をかけてでも元の環境を取り戻す努力を続けながら、生活の土台をもう一度つくり直したい」

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