会津藩士・秋月悌次郎の業績後世へ 戊辰戦争で藩の命運背負う

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玉ぐしをささげる武蔵会長

 戊辰戦争で軍事奉行添役として会津藩の命運を背負って働き、戦後は旧知の西軍参謀、奥平謙輔に会津藩の善処と若者の教育を依頼し実現した会津藩士秋月悌次郎を顕彰する第21回碑前祭は12日、会津若松市の鶴ケ城三の丸北越潜行の詩碑前で行われた。

 秋月悌次郎顕彰会(武蔵好彦会長)の主催で、約60人が出席。祝詞奏上などの後、武蔵会長が来年の戊辰戦争150年に触れ「業績を後世に伝え、広めていくことが顕彰会としての役目だ」と祭文を読み上げ、出席者が玉串を奉納した。室井照平市長、清川雅史市議会副議長が追悼の言葉を述べ会津日新吟詠会や会津吟詠会の星豊陽さんによる吟詠の奉納、顕彰会の歌「武士(もののふ)悌次郎」も披露された。

 秋月は最後の会津藩主・松平容保(かたもり)が京都守護職になると公用方として上洛、戊辰戦争では軍事奉行添役を務め、戦後処理でも采配を振るった。会津藩の敗戦を嘆き「北越潜行の詩」を詠んだことでも知られる。

 顕彰会は1997(平成9)年に発足、毎年碑前祭を行っている。

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