「おふくろのこと好きだぜ」 生き続ける...田部井淳子さんの心

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田部井さんがオーナーを務めた沼尻高原ロッジ(猪苗代町)で、思い出を語る進也さん。後ろに飾られているのは、エベレスト登頂時の田部井さんの写真

 「反発したけど、おふくろのこと好きだぜ」と切り出すと、「お母さんも好きよ」と笑顔が返ってきた。その5日後、世界最高峰を極めた女性登山家がこの世を去った。女性で初めてエベレスト登頂を果たした、三春町出身の世界的登山家田部井淳子さん(享年77歳)が亡くなり20日、一周忌を迎える。山を愛し、そして山を愛する人たちを育てた田部井さん。その遺志は長男進也さん(39)に引き継がれ、偉業と共に生き続ける。

 進也さんは20日、田部井さんがリハビリで登っていた日和田山(埼玉県)に向かうつもりだ。月命日、日和田山には田部井さんから登山の魅力を教えられた仲間たちが集う。標高300メートルほどの小高い山の山頂で正午に待ち合わせし、昼食をとり、思い出を語り合う。進也さんも時間が合えば顔を出してきた。

 亡くなってさまざまな人たちから話を聞くうちに、自分の中にある母のイメージは厚みを増していった。「田部井さんのエベレスト登頂は、女性の社会進出の足掛かりだった」とある女性は言った。多くのがん患者から「がんと闘いながら精力的に活動した田部井さんに勇気をもらった」と感謝された。亡くなってから、母の偉大さに気付かされた。

 田部井さんの最後の登山となった昨年7月の富士登山。東日本大震災で被災した東北の高校生を勇気づけようと始まった取り組みだ。田部井さんはそのころ既に病に侵され、登山前日には腹水を抜く処置を受けて、病院から抜け出すように駆け付けた。病床では「東北の高校生の富士登山を続けてほしい」と進也さんに思いを託した。

 富士登山は、高校生の参加総数1000人が目標だった。このままのペースで続けると、あと7年ほどで目標に達する。だが、震災の時におなかにいた子はまだ6歳。あと7年たっても高校生になっていない。「やめたらその子たちを富士山に連れていけない。プロジェクトはまだまだ終われない」と進也さん。「これがきっかけで、山が好きになった子もいる。山を楽しむ人を増やしてほしいというおふくろの願いにつながる」。田部井さんの魂が今なお高校生たちを育んでいる。

 資金面での苦労もあるが、出会いや喜びもある。「いろいろ大変だよ。でもおふくろがやってきたことは面白いよ」。進也さんは今、田部井さんにそう声を掛けたい。

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 たべい・じゅんこ 1939(昭和14)年、三春町生まれ。昭和女子大卒業後、社会人山岳会で活動。75年、エベレスト日本女子登山隊の副隊長として、世界最高峰に女性として初登頂を果たした。山岳環境保護や、女性が山や自然に楽しむための活動にも力を注ぎ、20~40代の女性が自然に親しむためのネットワーク「MJリンク」呼びかけ人も務めた。2015年、福島民友新聞社の「第25回みんゆう県民大賞」のふるさと賞を受賞した。

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