【室屋選手・王者への航跡(中)】地域で支えた挑戦

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年間総合優勝を喜ぶ室屋選手=米国・インディアナポリス(Predrag Vuckovic/レッドブル・コンテンツ・プール)

 エアレースパイロット室屋義秀がレース専用飛行機の国際大会「レッドブル・エアレース・チャンピオンシップ」で成し遂げたアジア人初の年間総合優勝の偉業。その歩みは、室屋が拠点とする福島市の農道空港「ふくしまスカイパーク」から動きだした。

 「(室屋選手は)当時から飛行機で世界を目指すという大きな夢を持っていた」。

ふくしまスカイパークを運営するNPO法人ふくしま飛行協会理事長の斎藤喜章(64)は、室屋と初めて出会った2001(平成13)年暮れのことを思い出す。

  軽飛行機を操りエアショーを繰り広げる曲技飛行のパイロットとして活躍していた当時の室屋が拠点を移したのは1999年。その後、航空文化の発信などを担う同協会を設立した斎藤は協会副理事長も務める室屋と活動をともにするようになる。

 出会いから20年以上、福島の空で技術を磨いた一人のパイロットはついに"世界一のエアレーサー"の称号を手にした。「特に精神面の円熟を感じる。高い目標を実現して『有言実行の男』となれたのは、挑戦を続ける姿勢があったからだと思う」。斎藤は話す。

 室屋にとっては福島市に拠点を移したことも挑戦の一つだ。そんな室屋を後押ししてきたのはもちろん斎藤だけではない。

「偉業に少しでも関われたことを誇りに思う」。同市町庭坂で木型工場を営む斎藤芳紀(47)は昨年、室屋の機体のタイヤを覆い空気抵抗を抑えるカバーの型を制作、それを基に作られたカバーは今も室屋の機体の武器になっている。

 同市のバイクショップ「ブイモンスター」社長の赤間敏行(60)は依頼を受けて室屋のレース用ヘルメットの塗装を手掛けた。年間総合王者を決めた室屋の決勝フライト。室屋は赤間が塗った黄色いヘルメットを身に着けていた。

  「今年あれをかぶって4勝したんだ。縁起の良いヘルメットだ」と笑う。

 「大きな空が一番の魅力」。

  そう室屋が話す山あいの小さな空港に「世界一」となった室屋が凱旋(がいせん)する。

(文中敬称略)

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