稲荷塚遺跡から福島県最大級「方形周溝墓群」 新たに13基発見

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今回の発掘調査で住居跡に伴う遺構から出土した土師器の高坏(たかつき)。形や薄さから北陸地方でみられる特徴がある

 県内最古級の古墳を伴うことで重要視されている会津坂下町の「稲荷塚遺跡」から、古墳時代前期前半(3世紀後半から4世紀前半)の方形周溝墓が新たに13基発見されたことが21日、発掘調査を進めている町への取材で分かった。これまでの発掘成果も加味すると、確認されているだけで周溝墓は計23基あり、古墳時代前期の周溝墓群としては県内最大級とみられる。

 稲荷塚遺跡は同町中心部西側に位置し、旧宮川(鶴沼川)沿いの河岸段丘上に所在。古墳時代前期の前方後円墳「杵ガ森古墳」(全長約46メートル、県指定史跡)と周溝墓のほか、弥生時代後期から古墳時代前期前半の竪穴住居や掘立柱建物の遺構が見つかっている。また、住居跡や古墳に伴う遺物として、北陸系の技術がみられる土師器(はじき)が出土している。

 町によると、今回の発掘調査を踏まえ、一帯には少なくとも周溝墓23基、前方後円墳2基、円形周溝墓などが集中的に築造されている墓域と判明。現在の国道49号近くの場所で、当時も新潟方面への交通の要衝だったと考えられ、北陸からの移住者が地の利を生かして集落を築いたと推定。弥生時代後半に北陸地方から移住した人々の集落が一転して墓域に変化したという変遷が考えられる。

 集落から墓域へ変化した理由は、竪穴建物跡から砂の地層が確認されたため、大規模な洪水で移転を余儀なくされたと推定。遺跡周辺には、集落跡や墓域、豪族の居館跡、葬送儀礼に関する遺跡もあり、当時の社会の在り方もうかがえる。同町教委の吉田博行さん(59)は「古墳時代前期の生活状況を知る上で、大変重要な知見が得られた」と語った。