布団散乱...時が止まる 福島県と福島大、大熊・大野病院を調査

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病院の通路に敷き詰められたマットや散乱する布団。避難者らが一夜を明かしたまま手つかずで置いてあった

 散乱した布団やベッド、震災発生時刻付近を指して止まった時計、東日本大震災の発生を伝える福島民友。県と福島大が22日に帰還困難区域で行った資料収集に同行し、大熊町下野上の県立大野病院に入った。院内は震災のあった2011年3月当時のまま。人けのない建物独特のひんやりとした空気が時間の流れを感じさせた。

 線量計を手にした県職員を先頭に院内を進んだ。電灯はついておらず、外の光が入る場所と入らない場所で明るさがまったく違う。

 正面入り口を入ってすぐのロビーの一角に設けられた対策本部。紙コップやペットボトルなどが散乱している中に、3月12日付の福島民友が3部置いてあった。きれいに折られたままで読まれた形跡はなかった。この日、同病院には約30人の患者が入院していたほか、負傷者や周辺の住民が避難していたが、午前6時ごろには原発事故の避難区域が10キロ圏内に拡大。同7時すぎにはバスや救急車などで入院患者や職員が避難しており、新聞を開く間もなかったのだろう。

 収集の現場責任者を務めた柳沼賢治・同大うつくしまふくしま未来支援センター特任准教授(61)が保管用の袋にそっと新聞を収めた。「震災翌日にきちんと新聞が配達されたこと。職員たちは新聞を読むこともできずに対応していたとみられることが分かる貴重な資料だ」

 さらに中に入ると廊下やホールのような場所にもベッドや布団が散乱したまま。避難者のために用意されたもののようだ。布団などの上の天井は所々に穴が開いていた。「ここに寝ていた人はどのような思いで穴を見上げていたのだろう」。病院自体が地震の被害を受けた中、原発事故への危機の中の患者や避難者の息づかいが聞こえるような気がした。