会津藩ゆかりの地で先人慰霊 新潟で会津若松市長ら献花

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新潟県小千谷市・浦柄神社境内には付近で戦死した会津藩士らの慰霊碑が整備されている

 来年の戊辰150年の節目を前に、会津若松市の室井照平市長と目黒章三郎市議会議長は24日までに、新潟県上越市にある会津藩士の墓地「会津墓地」を墓参し、新潟県内にある会津藩ゆかりの地を訪ねた。

 室井市長は「先人への慰霊、地元へのお礼ができた」と語った。

 戊辰戦争で敗れた会津藩士の一部約1700人は越後高田藩(現在の上越市)で謹慎した。越後高田藩は財政窮乏の中でも待遇に手を尽くしたが67人が病没した。

 会津墓地は無縁仏が多いため地元住民が手入れを行っている。現地で生涯を過ごした会津藩士もおり、今も子孫が残っている。

 長岡藩(長岡市が本拠)周辺で起きた「北越戦争」。激戦だった小千谷市での「朝日山の攻防戦」で亡くなった会津藩士ら22人の慰霊碑が戦場近くの浦柄神社に整備されている。

 地元住民でつくる保存会が守っており、室井市長と目黒議長が碑前で献花した。

 この日は会津藩と関係が深い長岡藩の本拠だった長岡市の磯田達伸市長らも表敬訪問し、さらに親善交流を深めることで一致した。