引き継ぐ決意!炭焼きの伝統 鈴木さん自ら重機操り「窯」再建

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窯を再建しようと自らショベルカーを操る鈴木さん

 東京電力福島第1原発事故後に落ち込んだ木炭の売り上げを回復させようと、鮫川村の鈴木薪炭店は、老朽化で約1年前から使えなくなっていた炭焼き窯1台を再建する。2日、地域住民も協力して再建作業が行われた。薪炭業はかつての村の主要産業の一つで、社長の鈴木敏和さん(53)は村の伝統を担う決意を新たにする。

 再建作業では、鈴木さんが自らショベルカーを操り、土を掘り起こした。「窯はうまく使えば20年以上使える。できるだけ長く薪炭業を続けたい」。鈴木さんは言葉に力を込めた。

 村商工会によると、薪炭業は1940~60年ごろ、村の主要産業の一つだったが、石油へのエネルギー転換が進んだことで廃業が相次ぎ、約10年前に村内の業者は同店だけになった。

 同店も、原発事故後の風評に苦しめられている。主な取引先は、北陸地方など県内外のせんべい、焼き鳥、焼き魚の店。木炭は出荷前に全て放射性物質の検査を受け、安全対策には万全を期しているが、原発事故後、取引先は2~3割減り、売り上げも震災前の水準に届いていない。

 県内では、東日本大震災後で壊れた窯の復旧を諦めたり、原発事故の風評被害で経営難に陥った薪炭業者の廃業が相次いでいるが、鈴木さんは「自分には薪炭業しかない。お客さんがいる限り要求に応えたい」と強い思いを胸に木炭を作り続けてきた。

 新しい窯は高さ約1.5メートル、幅約5メートル、奥行き約6メートルで、年明けから稼働する。窯が2台から3台に増えることで、木炭の生産量は月7トンから約1.5倍に増える見通しだ。

 薪炭業の継続へ村商工会の期待も大きい。スコップを握り、窯の再建作業に協力した関根政雄会長(61)は「薪炭業は村の伝統。商工会としても支援するので、頑張って続けてほしい」と話した。