廃炉の前進実感 第1原発3号機に福島民友新聞社の記者

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3号機建屋最上部。正面が燃料プールの上に設置されたドーム状の屋根と使用済み燃料取り出しのクレーン、左が2号機建屋、右が4号機建屋と取材班=20日午後、大熊町・東電福島第1原発(写真6枚のパノラマ合成)

 東日本大震災による津波で炉心溶融(メルトダウン)と水素爆発を起こした東京電力福島第1原発3号機に、福島民友新聞社の取材班が20日、入った。

 3号機原子炉建屋近くの装備所で半面マスクや手袋を付けて防護服を着込み、徒歩で3号機建屋に向かった。建屋や付随する施設の鉄骨は爆発でひしゃげた姿を残しており、爆発の威力の大きさを改めて感じさせた。

 作業員用の外付けエレベーターに揺られ、建屋最上部にたどり着く。鉄板や鉄骨で組み立てられ、真新しい雰囲気だ。線量は比較的低い西側で毎時約60マイクロシーベルト。高さ約18メートル、幅約23メートルのかまぼこ形のカバーの内部に入り、その大きさを実感した。フロア東側、床から6メートル下には使用済み燃料のプールが広がる。プールは青みがかった水面で、端っこにはがれきが浮いている。中をうかがい知ることはできなかったが、中には核燃料集合体計566本が残されている。

 プールのそばに近づくと、空間線量は毎時600~700マイクロシーベルトまで跳ね上がり、胸ポケットに収めた線量計のアラームが鳴り始める。東電の担当者によると、20マイクロシーベルトごとに鳴る仕組みだ。この日、取材班の積算線量は50~60マイクロシーベルトで、内部被ばくはなかった。

 最上部の北側に移動し、眼下に1、2号機の原子炉建屋と1~3号機のタービン建屋を見た。自分の立つ数十メートル下には3号機の原子炉がある。あの事故を起こした原子炉に近づいたことを認識し、これまでの作業員の努力に思いをはせた。

 東電の担当者は「建屋に入って作業を進められるようになったのは大きな一歩です」としみじみ語った。作業員用のエレベーターが昇降する間、内部にはZARDの曲「負けないで」のメロディーが流れていた。核燃料集合体の安全な取り出しに向け、廃炉への闘いは静かに、着実に進んでいると感じた。