『ピアノの名器』...3月・富岡へ帰還 震災・原発事故で郡山に

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古里に戻る富岡町のスタインウェイ。椎名さんは「無事に返せる喜びと、一抹の寂しさがある」と語った

 東京電力福島第1原発事故をきっかけに、富岡町から郡山市に来たグランドピアノの名器「スタインウェイ」が、同町の避難指示解除に伴い、3月下旬、古里に帰る。避難中の町民たちを勇気づけてきたピアノ。町から借り受けている星総合病院(同市)は3月10日にコンサートを開く予定で、町民と市民をつないだ"富岡の名器"が、返還前に最後の音色を響かせる。

 ピアノは原発事故前、富岡町文化交流センター「学びの森」に設置され、町民に親しまれてきた。しかし原発事故に伴い、町は仙台市の専門業者に管理を委託。ピアノは日の目を見ることなく眠っていた。

 2013(平成25)年7月の病院移転と多目的ホール「メグレズホール」の開設に伴い、市民らに広く利用してもらうためにピアノを探していた同病院は「町民が帰還できる時が来たら返す」との約束で町からピアノを借り受けた。打診当初から携わってきた同病院地域連携室・公益事業推進室課長の椎名亨さん(52)は「富岡の財産をお預かりした。初めてのコンサートで音色を聴いた時、思わず涙が流れた」と振り返る。

 同病院は、世界トップレベルのピアニストも愛用する名器を"みんなのピアノ"として活用。プロを招いたコンサートのほか、郡山市で避難生活を送る町民をはじめとした各種団体の発表会、市内の児童、生徒の合唱の練習など、気軽に名器に親しめる機会を提供してきた。コンサートや発表会の回数は延べ約50回に上り、ピアノは富岡と郡山をつなぐ象徴的存在となった。

 同市の富岡町緑ケ丘応急仮設住宅自治会長の北崎一六さん(70)は年に1度、震災の語り部として、このピアノの伴奏で震災の記憶を語り継いできた。「古里のピアノから勇気をもらっていた。活動の喜びもひとしおだった」と語る。4月の帰還に向け準備を進めているという北崎さん。「郡山での最後のコンサートには、ぜひ行きたい。そして、古里でまたあの音色が聴けることを楽しみにしている」と期待を寄せた。

 同病院は、町民を招いた返還セレモニーを企画中で、同町と同市の小学生の合唱も構想しているという。