後世に受け継ぎたい...7年ぶり「百矢祭」復活 広野・亀山神社

  このエントリーをはてなブックマークに追加 
7年ぶりに開かれた百矢祭で五穀豊穣や厄よけを願って矢を放つ参加者=広野町・亀山神社

 広野町折木字亀ケ崎地区の亀山神社で21日、東日本大震災後に中断していた伝統行事「百矢祭」が7年ぶりに復活した。東京電力福島第1原発事故の影響で一時避難した住民が戻り、再開の機運が高まっていた。「地域のつながりを取り戻し、伝統を後世に受け継ぎたい」。射手を務めた住民代表が今年の五穀豊穣(ほうじょう)や厄よけを願って矢を放った。

 百矢祭は明治初期に始まったとされる。かつては旧暦の1月12日だったが、新暦の同日に近い日曜日に行われる。地区を走る県道いわき浪江線を境に、5人ずつ2組に分かれ「太郎」「次郎」と名乗り、矢を射合うのが習わしだった。神事を行った神官が空に向かって1本の矢を放った後、太郎組が100本、次郎組が99本の矢を射る。作況を占う大小の的や厄よけ祈願の鬼の的、八咫烏(やたがらす)を描いた的などを狙うのが特徴だ。

 今年は約40世帯が参加、後継者の帰還が十分に進まない中、試行錯誤を重ねた。弓矢を新調する一方、奉納用の餅つきを取りやめるなど縮小を余儀なくされた。

 遠藤智町長や住民ら約80人が見守る中、40~70代の男性10人が弓を引いた。13メートル先の的に命中すると、境内は拍手に包まれた。射手を務めた社総代の矢内豊さん(65)は「勘を取り戻すのが大変」と苦笑いしつつ「やめるのは簡単。いかに存続するかが大切だ。内容を改革しながら続けたい」と意気込んだ。社総代で町消防団長の矢内光正さん(66)は「一時は無理かと思ったが、にぎやかに復活できて良かった。晴れ晴れしい気持ち」と目を細めた。

 準備段階から助言してきたNPO法人民俗芸能を継承するふくしまの会副理事長の懸田弘訓さん(80)は「さまざまな種類の的があるのは貴重で、神事への丁寧さの表れ」と話した。