広野伝統の祭り「たんたんぺろぺろ」復活へ 8年ぶりの浜下り

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震災前まで行われていた浅見川の浜下り神事。町民には「たんたんぺろぺろ」として親しまれている

 広野町下浅見川地区の鹿嶋神社に伝わり、「たんたんぺろぺろ」の愛称で町民に親しまれていた浅見川の浜下り神事が4月8日、8年ぶりに復活する。東日本大震災で神社が被災し、さらに東京電力福島第1原発事故による避難で深刻な担い手不足に見舞われたが、伝統の祭りの復活を切望する住民の熱意で再開にこぎ着けた。町内は復興事業の作業員や双葉郡の避難者を受け入れており、祭り再開を機に心の交流を生み、町民と移住者の共生につなげる動きも出てきた。

 町内を流れる浅見川の上流に大滝神社、下流には鹿嶋神社があり、浜下り神事は合同例祭として営まれてきた。豊作と五穀豊穣(ほうじょう)を祈願したとされる。両神社の神輿(みこし)が合流後、河口の浜辺へ向かい、神輿を担いだ若者が海に入ってみそぎを意味する「潮垢離(しおごり)」をする。太鼓をたたく音「たんたん」と、笛を吹く音「ぺろぺろ」が愛称の由来とされ、近代は太鼓のみが奏でられた。

 しかし若者の減少により担ぎ手が足りなくなり、大滝神社では震災前から祭礼を休止。一方、鹿嶋神社では本来、氏子の長男に限っていた担ぎ手を町内の企業で働く若手社員らに広げ、人手不足を補っていた。

 鹿嶋神社の氏子が祭りを残そうと奔走したきっかけの一つは、浅見川の浜下り神事が2008(平成20)年に福島民友新聞社の「福島遺産 百選」に認定されたことだ。氏子総代の根本賢仁(まさひと)さん(71)は「地元の名誉であり、伝統を守り継がなければという思いが一層強くなった」と意気込む。

 それでも復活までの道のりは険しかった。震災前、32世帯いた氏子は14世帯と半数以下になり、担ぎ手不足に拍車がかかった。企業に協力を求め、20人程度を確保できるめどがついた。

 津波を受けた拝殿や本殿は応急措置で修理したが、鳥居は壊れたまま。ただ浅見川河口の復旧が進み、神輿を先導する猿田彦のお面や衣装、太鼓を新調できたことで環境が整ってきた。

 根本さんは「被災を乗り越えて祭りを再開することに大きな意義があり、住民が地域の伝統や文化を再認識する好機となる」と思いを語る。「今後は町民と新しい住民が地域で信頼関係を築くことが大切。祭りをそのきっかけづくりに活用できれば」と前を向いた。