「ヨット太平洋横断」 一人で挑んだ1年...いわきの紺野博史さん

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 リュック一つで世界70カ国近くを旅した経験を持つ、福島県いわき市の紺野博史さん(35)が昨年6月から約1年をかけ、小名浜港を発着点に小型ヨットによる太平洋横断と米ハワイ州を目指す単独航海に挑んだ。

 ゴール直前で漂流したものの、救助されたタンカーは小名浜港行きという偶然が重なり、4月下旬になんとか母港にゴール。東日本大震災で被災したヨットハーバー再建を願う紺野さんは「この挑戦をヨット先進都市づくりの第一歩にしたい」とロマンを描く。

 紺野さんはこれまで、世界各地を旅する「バックパッカー」として70カ国近い国々を訪れてきた。旅を続けるうち、「陸地は先人の背中を追っているだけ」と、海路にも興味を抱くようになった。

 震災時は都内にいた紺野さんだったが、同市のヨットハーバー「いわきサンマリーナ」が津波で被害を受けたことを知り、古里のために何かできないか、とこの挑戦を決意した。

 ハワイで親書届ける

 昨年6月10日に相棒のヨット「チャルコ号」で小名浜港を出港。約50日をかけて太平洋を横断し、米西海岸サンフランシスコに到着した。さらに、いわき市と国際姉妹都市を結ぶ米ハワイ州カウアイ郡に渡り、郡長にいわき市長の親書を届けながら約半年間滞在。今年3月20日、再びゴールとなる小名浜港に向けてハワイを後にした。

 最後の1カ月間は苦難の連続だった。海流の影響で10日以上の停留を経験。さらに冬場の30メートル近い荒波と強風にあおられ、ヨットのマストが折れる事故で太平洋のど真ん中に取り残されてしまった。

 漂流後も前進を試みたが断念。挑戦を決意してから3年間、ほぼ毎日を過ごしてきたヨットを捨てて救助を要請、ペルーから小名浜港に鉱物を運搬していた中国船タンカーに偶然、助けられた。

 紺野さんはタンカーの乗組員らに支えられて4月19日、ようやく小名浜港に帰港できた。

 帰港後、立ち寄ったカウアイ郡で記録的な洪水被害を受けたことを知った紺野さん。現在、クラウドファンディングなどを活用して同じ海を愛する人たちに呼び掛け、カウアイ郡への義援金を募る構想も立てる。紺野さんは「海の男はロマンのある話が好き。義援金の次は、小名浜港をヨットが見える港にして人を集めたい」と夢を語る。