大正から福島駅前見つめ...「昭和50年ごろ商売でにぎやかだった」

  このエントリーをはてなブックマークに追加 

 福島市の福島駅前通りから細い路地に入ると、ビルの谷間に「青果問屋 星勇作商店」の看板を掲げた歴史ある木造建築が見えてくる。大正時代に建てられ、時代とともに駅前が変遷する中で変わらずそこに在り続けてきた商家だ。駅前の再開発に伴い、長くここで暮らした星悦子さん(74)は15日限りで自宅に別れを告げることになった。「時代の流れに沿おうと思う。みんなに喜ばれるような再開発が進めばいい」。自宅を離れる寂しさを胸に、市街地活性化への期待を口にした。

 星勇作商店は果物を扱う問屋。敷地内には、海外から仕入れたバナナを入れておく地下室「室(むろ)」が多数ある。バナナのほか、福島駅に県内外の果物を卸した。駅に停車する列車の乗客に、売り子がホームで窓越しに販売したという。

 星さんは1968(昭和43)年に嫁ぎ、家業を手伝うようになった。新幹線の開業でホームでの窓越しの販売ができなくなったことから82年に商売はやめたが、その後もここで暮らした。「昭和50年ごろは商売が忙しく、駅前も今よりにぎやかだった」と振り返る。

 自宅のすぐ裏にコルニエツタヤが開業し、付近には長崎屋もあった。今はない大型商業施設の盛衰を半世紀以上にわたり、古い家屋は静かに見つめてきた。

 3月に自宅を手放した星さんの夫勇さんは4月、75歳で死去した。近くのマンションに移った星さんは、15日までかつての自宅に通い、片付けなどに当たっている。「建物は取り壊されることになる。かつては周囲に住んでいる人も多かったのだが。ここだけポツンと取り残されてしまった。時代の流れだね」。住宅も多かったという当時の駅前通りを思い出しながら、少し寂しそうに話した。

 駅前では現在、ホテル辰巳屋や中合福島店が入る「辰巳屋ビル」、旧中合2番館のほか、星さんの自宅を含む市街地エリアを一体的に再開発する民間主導の計画が進んでいる。