「夜ノ森駅舎」解体へ 1世紀にわたり富岡町民らの生活支える

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解体が決まったJR夜ノ森駅舎=2013年4月(富岡町提供)

 東京電力福島第1原発事故で帰還困難区域となっている富岡町夜の森地区のJR常磐線夜ノ森駅の駅舎が老朽化などに伴い解体される見通しとなった。約100年にわたり町民らの生活を支えてきた駅舎周辺は、東西にまたぐ自由通路が設けられるなど生まれ変わる。

 町が7日、町議会全員協議会で明らかにした。夜ノ森駅は1921(大正10)年に開業。ホーム脇には約6000株のツツジが咲き誇り、駅周辺には町のシンボルの桜並木も広がるなど観光客の玄関口ともなっていた。

 原発事故で人の立ち入りが制限されてから7年以上が過ぎ、駅舎の劣化が進んだ。町は駅舎の保存に向けた検討も重ねてきたが、除染後も放射線量が十分に下がらない可能性もあり、JR東日本と解体に向けた協議を進めている。

 町は常磐線が全線再開する2020年に向け、駅舎の解体と併せて自由通路を新設するほか、待合室や駅前広場などを整備する計画だ。早ければ今月下旬にもJR東と駅舎解体や駅周辺整備について協定を結ぶ。

 町民からは駅舎の存続を望む声が町に寄せられている。駅舎内には往時をしのばせるベンチなどが残されており、町は「新たな待合室は可能な限り現在の駅舎の姿に近づけ、駅舎内の備品を配置するなど震災遺構としての機能を備えたい」としている。