【原発ゼロへ・第2原発廃炉表明】どう描く町づくり 住民の参加不可欠

  このエントリーをはてなブックマークに追加 
第2原発立地に絡む交付金を活用して整備された富岡町の文化交流センター

 「原発でこの地域は潤ってきたんだ」。富岡町に帰還した男性(75)は「県民の強い思い」で道筋が見えた東京電力福島第2原発の廃炉に割り切れない思いを抱く。震災と原発事故後も第2原発は地域の雇用を支え、男性の長男と次男も構内で働いている。「廃炉になれば町の収入も悪化する。これからの福祉は保てるのか」

 第2原発は1982(昭和57)年4月に1号機が営業運転を開始。立地する富岡、楢葉両町は第2原発と共生し、地域を発展させてきた。地元に多くの雇用を生み出したほか、立地に絡み、国や県からは年間約10億円の交付金が支給され、原発事故後も続いた。両町は交付金を文化施設や道路の整備などに役立ててきた結果、地域住民の生活環境は大きく向上した。

 「財政運営の大幅な見直しが迫られるだろう」(立地町幹部)。廃炉になれば制度上、交付金はなくなる見通しで、今後は両町の対応が問われる局面に入る。楢葉町は今後示される廃炉工程を見極めながら、交付金に代わる支援を国や県に求める考えだ。県は「自治体の財政にどのような影響が生じるかも含めて意見をうかがい、国とも相談しながら対応していきたい」(エネルギー課)とし、今後の動向を注視している。

 県は原発事故後、県内原発の全基廃炉を前提としたエネルギー政策を掲げた。2040年ごろをめどに県内エネルギー需要の100%を再生可能エネルギーで賄う目標で、今後もメガソーラーや水素エネルギーなどの導入拡大が進むと見込む。第2原発の廃炉表明で県は、住民の帰還や風評払拭(ふっしょく)にプラスになるとみる。

 ただ、原発との決別を迎える中、原発に頼らない新たな立地町の町づくりは見えない。社会と原発の関係に詳しい立命館大の開沼博准教授(34)は、原発と結び付いてきた地域コミュニティーの再構築が必要とした上で、こう提言する。「再構築が必要な状況になったのは原発事故がきっかけ。東電や政府が積極的に関わり、そこに住民も参加することが大切だ」