【福島競馬場100周年】熟練の3代目仕事人 職人技で競馬支える

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赤地の布を裁断して勝負服作りをする河野さん。「伝統の職人技で福島競馬を支え続けたい」と話す=福島市・河野テーラー

 「これほど地域に根付いた競馬場はない」。福島競馬場(福島市)に足を運ぶ地元の競馬ファンからよく聞く言葉だ。

 福島の政財界が開設を主導し、地域が支え、共に歩んできた。市街地に競馬場が立地するため日常生活の中に競馬が溶け込み、福島競馬が開幕すれば、その話題が飛び交う。

◆勝負服作りで支える

 「競馬の顔である勝負服を作るのが誇り。縁の下の力持ちとして、職人技で福島競馬を支える」と語るのは、騎手がレースで着る勝負服を仕立てる福島市の河野テーラー社長の河野正典さん(46)。店は福島競馬場のすぐそばで1924(大正13)年に創業し、河野さんが3代目。

 「職人が一人で全て仕上げることが伝統」。複数の手が入ると縁起が悪いと言われるためだ。「ハナ差(約20センチ)」といった言葉があるように、競馬は僅差で明暗が分かれる。

「勝負服は縁起物。責任重大だけにうちの勝負服を着た騎手が勝つと本当にうれしい」

 東日本大震災で福島競馬が中止となり、東京電力福島第1原発事故の風評で注文が激減する危機に見舞われた。河野さんは営業で全国を回る一方で、より軽い勝負服を開発して販路を拡大した。福島競馬が再開し、存在の大きさを再確認した。

「福島競馬場あっての河野テーラー。伝統と革新の勝負服で競馬界に貢献したい」と意気込む。

◆食を通して恩返し

 福島競馬場には地元の飲食店が複数出店している。中でも歴史が古いのが、JR福島駅東口近くで営業する1940年創業の「赤井食堂」。福島競馬場とは約80年も関係がある。スタンドの1階と3階に店を構え、カツ重やタンメンが人気のメニューだ。

 3代目の赤井弘人さん(45)は「福島競馬場の地域への経済効果は大きく、波及する産業の裾野も広い」と説明する。「福島競馬場に恩返しするためにも、食を通して来場者に喜んでもらえるよう心掛けている」と語る。現在、目玉となる新メニューを考案中という。

 夏の福島競馬の開幕を控えた17日。福島競馬場は、他の競馬場で行われているレースの馬券を買うファンでにぎわっていた。50年来の競馬ファンという福島市の男性(78)は「最近は女性の来場者が増えた。時代は変わっている」と話す。同市の女性(68)は「昔はよく子どもを連れてきてポニーと遊んだりした」と振り返る。時代は変わっても競馬場は身近な存在だ。