【福島競馬場100周年】震災乗り越え新時代 駆け続ける復興の象徴

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約1年5カ月ぶりに再開した福島競馬。パドックの周囲にはこの日を待ちわびた競馬ファンらが詰め掛けた=2012年4月

 2011(平成23)年3月11日午後2時46分。福島競馬場職員だった鹿内勉さん(66)はその時、福島市の競馬場事務所で激しい揺れに襲われた。

 再開へ試行錯誤

 コースの芝の管理などが担当だった鹿内さんは、馬場の様子を確認へと急いだ。馬場に被害は確認できなかったが、スタンドはスプリンクラーが作動して水浸した。福島競馬再開に向けた試行錯誤の日々が始まった。

 東日本大震災直後、最も多い時で550人が競馬場で避難生活を送った。騎手や厩務(きゅうむ)員が寝泊まりする場所で避難住民が生活した。

 復旧作業が始まったが、「除染と言われても、何をしたらいいのか、全く分からなかった」と鹿内さん。付近の学校のグラウンドで行われていた土の入れ替えなどを参考にして対策を考えた。芝の張り替えも行うことになった。

 11年は結局、スタンドの復旧のほかに耐震性強化の工事も行われ、福島競馬の開催は見送られた。「このまま競馬場が閉じてしまうのではないかという心配もあった」。福島競馬場の歴史に詳しい福島市教委市史編さん室の柴田俊彰さん(68)は当時の思いを振り返る。

 翌12年4月7日、10年秋以来1年5カ月ぶりとなる福島競馬が開幕した。10年春の入場者数を大きく上回る1万3198人が詰め掛け、緑の劇場に声援が戻った。

 既に定年退職していた鹿内さんの姿もあった。万感の思いを胸に、レースを見つめた。「馬のひづめの音を聞いて、ほっとした。風評被害がある中、福島で競馬を再開できた意味は大きかった」。競馬場の再開は、多くの人に復興の象徴として受け止められた。

 鹿内さんは「100年の歴史の重みはすごい。これからも市民に好かれる競馬場であってほしい」と期待する。

 地元と一層の絆を

 福島競馬場は新たな時代に入った。昨年11月に東北中央道福島大笹生―米沢北インターチェンジ間が開通。福島河川国道事務所によると、開通から1カ月間の山形方面からの競馬場来場者は、3.3倍と大幅に増えた。20年度には東北中央道「相馬福島道路」も全線開通予定で、交通の便はさらに良くなる。後藤浩之場長(55)は言う。「地元の皆さんとの絆を一層強め、次の100年に向けて新たな歴史を築き上げていきたい」