会津藩と長岡藩『絆』しのぶ「八十里越ウオーク」7月1日開催

  このエントリーをはてなブックマークに追加 
相沢平右衛門が戦場から妻に宛てて書いた手紙を示す佐藤さん

 幕末の長岡藩家老・河井継之助(つぎのすけ)(1827~68年)が生涯最後に越えた街道「八十里越」を歩き、会津藩と共に戦った長岡藩士や、温かく迎えた只見の人々との絆をしのぶ「会津藩と長岡藩のきずな・八十里越歴史ウオークと講演会」が7月1日に開かれる。戊辰150年記念事業で、會津新選組同好会が主催する。同会局長の佐藤功武(よしたけ)さん(63)は会津藩士の子孫でもあり「当時の人々の思いを感じる機会にしたい」と話す。

 佐藤さんの高祖父は、会津藩遊撃隊長を務めた相沢平右衛門。佐藤さん宅には幕末に書かれた会津藩関係の貴重な古文書が数多く残り、八十里越にいた相沢が城下の妻に宛てた「胸壁を挟んで敵と対峙(たいじ)している」という生々しい手紙もある。

 佐藤さんは「会津に落ち延びた長岡藩士の思いや、大挙して敗走してきた長岡藩士、家族を温かく迎え、村を挙げて越後の人を救った只見の人々の思いを感じてほしい」と企画の意図を説明する。

 当日は午前6時に会津若松駅をバスで出発、只見町の浅草岳叶津登山口から相沢が妻に手紙を書いた権左衛門小屋跡を目指す。山岳ガイドも同行する。険しいため、全道踏破には登山のエキスパートでも10時間以上かかる。今回は短縮コースだが、4時間ほどかかる見込み。河井が敗走の際に休憩したとされる叶津番所や河井継之助記念館も見学し、只見町の季の郷湯ら里では、同町の歴史研究家、長谷部忠夫さんが講演する。

 佐藤さんは「戊辰戦争を会津だけで考えるのではなく、多くの場所が関わっていることを知ってほしい」と話している。