松江豊寿・春次兄弟の顕彰会設立へ 若松で8月にも総会

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 ベートーベンの「交響曲第9番」のアジア初演に深く関わった松江豊寿(1872~1956年)と、サイパンで製糖事業に成功し、「シュガーキング」「南洋開発の父」と呼ばれた松江春次(1876~1954年)。会津藩士の血を受け継ぐ2人の兄弟の顕彰会が8月にも、故郷の会津若松市に設立される。8日までに市内で関係者が会合を開き、今月下旬に発起人会、8月にも設立総会を開く方針を確認した。

 会津第九の会(小熊慎司会長)が中心となり、設立に向けた準備を進めていた。まず、2人にゆかりの団体などに、発起人会への参加を呼び掛ける。

 設立後は9月24日に会津若松市の會津風雅堂で開かれる第九アジア初演100周年記念公演などで、人道主義に徹した2人の功績を広く伝える。将来的には顕彰碑の建立なども検討していく。

 松江豊寿は軍人となり、徳島県鳴門市にあった板東俘虜(ふりょ)収容所長に就任。第1次世界大戦で収容されたドイツ兵捕虜を人道的に扱い、収容所内での第9演奏を実現させた。後に若松市(現会津若松市)の第9代市長を務めた。

 松江春次は旧制会津中(現会津高)第1回卒。製糖会社に入社後、全米各地で技術を学び、日本初の角砂糖の開発に成功した。南洋興発を設立した。後進の育成にも力を注ぎ、会津工高の前身となる会津工業学校に当時としては巨額の33万円を寄付し、機械科の開設につなげた。