東北の底力、世界に発信 森喜朗五輪組織委会長にインタビュー

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森喜朗会長

 2020年東京五輪大会組織委員会の森喜朗会長は24日、福島民友新聞社など被災3県の地方紙によるインタビューで「東日本大震災から復興した東北の姿、日本の底力を全世界に見てもらうチャンスを逃さない。『復興五輪』が源流にあることを忘れず、組織委のスタッフやボランティアと理念を共有していく」と語り、「復興五輪」を前面に打ち出して準備を着実に進める姿勢を強調した。

 ―「復興五輪」を掲げた思いを改めて伺いたい。
 「石原慎太郎東京都知事(当時)を説得し、一度は失敗した五輪誘致に再挑戦すると決心した日が2011(平成23)年3月11日だった。だから源流に『3・11』がある。1964(昭和39)年の前回は日本が敗戦から立ち上がり、インフラ整備も進んだ。五輪の力を知っている。東日本大震災で国際社会から受けた応援に感謝し、東北が頑張っている姿を全世界に見てもらうことが全ての基本だ」

 ―「復興五輪」の姿勢が見えないと批判もあった。
 「ビルを建てる際に基礎づくりに時間をかけるように準備をしてきた。被災者に希望と勇気を持ってもらえる取り組みをしっかりと考えている。聖火リレーの日程やマスコットも決まり、国民と触れ合う機会が増えてくる。来年は6千人に増える組織委のスタッフ、組織委と都が募るボランティア計11万人に『復興五輪』の意義を理解してもらい、大会を成功させたい」

 ―本県では野球・ソフトボール競技の実施が決まった。レガシー(遺産)をどう残すべきだと考えるか。
 「みんなで力を合わせることが大切だ。組織委の理事会を(30日に)福島で開こうと私が発案した。被災3県では聖火リレーを1日多い3日間とし、福島から始める案も練りに練った。福島だけでなく宮城、岩手両県に喜んでもらえることも考えている。有識者に検討を任せているが、五輪・パラリンピックの開会式、開会式を通じて『復興五輪』のカラーがうまく出せるよう年内に中身をまとめたい。『外国人が被災3県に行ってみたい』と思ってもらえるよう(各国の)五輪、観光関係者らにも働き掛けていく。アスリートに贈る副賞についても協力してレガシーが残るようにしたい」

 ―風評払拭(ふっしょく)に向け、選手村で本県など被災地産の食材を活用する考えは。
 「組織委の会合や行事で福島産を使おうという取り組みは今後も続けていく。ただ、選手村の食事は厳しい管理が求められる。国際オリンピック委員会(IOC)が責任を持っており、風評に関係なく、食材の提供は難しい。選手村の外や会場周辺では努めて東北の食材を出すことはあるだろう。風評がなくなるよう東北以外の国内、海外に対し、率先して食の魅力を知らしめていくことが重要だ」

 もり・よしろう 石川県出身。早大商学部卒。1969(昭和44)年の衆院選で初当選。文相などを経て2000(平成12)~01年に首相を務めた。衆院当選14回。12年に国政を引退した。日本体協会長、日本ラグビー協会長を歴任。14年1月に東京五輪大会組織委員会長に就任した。81歳。