薬師如来坐像「復活」の時 国指定史跡・慧日寺跡、30日除幕

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30日の除幕式を待つ薬師如来坐像と制作チームのメンバー

 磐梯町の国指定史跡慧日寺(えにちじ)跡の金堂内展示物として制作された薬師如来坐像(ざぞう)の除幕式が30日、同史跡で行われる。国指定の史跡で本尊の仏像が自治体の手で復元されたのは全国初。異例の取り組みが成就する。

 「震災復興のまちづくりは先人が残した慧日寺を核に進めるべきで、金堂には薬師如来坐像が必要だ」。2012(平成24)年、磐梯町の史跡慧日寺跡調査・保存・整備指導委員会で五十嵐源市町長が訴えた。復元された金堂には実物大の薬師如来像写真が掛けられていたが、復興する町の後押しには、具体的な姿が必要だった。

 五十嵐町長は文化庁や奈良の文化財研究所に乗り込み、担当課長や調査官に訴え続けた。自治体による仏像復元は前例がなく、実現を困難とみる識者もいたが、15年8月、文化庁で五十嵐町長と面会した青柳正規長官(当時)が「今の時代だからこそ、歴史的・文化的なものの復元はいいこと。造るからにはいいものをお願いします」と理解を示し、国が認める形で道が開けた。

 坐像の制作は、日本屈指の彫刻家、東京芸大大学院教授の籔内佐斗司(さとし)さん(65)が快諾。「芸大でもこれだけ大掛かりな(全高約4メートル)仏像を造ったことはない。学生らも一生の思い出になる」と語った。制作を担当した大学院美術研究科保存修復彫刻研究室の挑戦は3年近くにわたり、最新技術のCGや伝統技法を織り交ぜ、新たな薬師如来坐像を仕上げた。

 29日午後、金堂で除幕を待つ坐像を前に籔内研究室のスタッフが集まり「格好いいよ」「雰囲気出たね」と感慨を語った。1200年前、高僧徳一(とくいつ)が「仏都会津」の礎を築いた情熱を受け継ぎ、現代の匠たくみが復元してみせた。前例のない挑戦から生まれた新しい薬師如来が、会津の未来を見つめていくことになる。30日は午前11時から除幕式が行われ、式後、一般公開が始まる。