北側に複数竪穴住居跡 福島の国史跡・和台遺跡、調査進む

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北側の広場と想定される範囲から発見された竪穴住居跡

 縄文時代の東北地方を代表する集落遺跡で、国史跡に指定されている福島市の「和台遺跡」で、市教委が遺跡の詳細調査を進めている。

 今回の調査の結果、従来は「南北に二つの広場を持つ環状集落」も想定されていたが、北側から複数の竪穴住居跡が出土し「南側だけに広場を持つ環状集落」の可能性が高まった。

 市教委によると、北側の広場と想定される範囲の一部を発掘した結果、竪穴住居跡4軒を検出した。

 縄文時代早期や前期、中期の縄文土器をはじめ、打製石器や石皿、黒曜石の剥片石器など約2200点の遺物が出土した。今後、年代測定の調査を行い、住居の使用年代などを明らかにする。

 和台遺跡の保存や活用計画を策定しようと、中央大考古学研究室と連携して昨年度から詳細な調査を進めている。

 中央大の小林謙一教授は「和台遺跡は価値が高いので、子どもたちへの郷土教育や大人の生涯学習に活用することを考えてほしい」としている。

 12日には発掘調査の現地説明会が開かれ、参加者約60人が縄文時代の暮らしに思いをはせた。

◆和台遺跡

 約4千年前の縄文時代中期に福島市飯野町の阿武隈川沿いの高台に形成。南側の広場の周りに掘っ立て柱建物の倉庫群と竪穴住居群が囲む環状集落。

 竪穴住居は県内最多の約240軒が出土する。貴重な「狩猟文土器」や「人体文土器」など数多くの遺物が出土し、ヒスイや黒曜石、海水魚の骨などから関東や北陸、中部地方など遠隔地との盛んな交流があった。