幻の「石背国」に光 成立1300年、須賀川市が遺跡を公園化

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須賀川駅周辺からは「石背国」の中心地だったことを示す遺跡が多く見つかっている

 奈良時代に数年間のみ存在したとされる「石背国(いわせのくに)」成立から1300年に当たる今年、同国の中心だったとされる須賀川市が歴史的価値の再評価に取り組む。同国成立と同時期に建てられた同市の国指定史跡「上人壇廃寺跡(しょうにんだんはいじあと)」(奈良~平安時代)の史跡公園整備に着手するほか、「幻の国」の謎に光を当てるさまざまな催しも予定している。

 市によると、同市を含む岩瀬郡一帯は奈良・平安時代には「石背郡」と呼ばれていた。奈良時代、東北征伐の前線として機能していた石背郡は718(養老2)年、東北地方南部に位置した陸奥国から国として独立。しかし、わずか2年余りで郡に戻ったという。国がなくなった経緯は詳しく分かっていないという。市が史跡公園化を計画する上人壇廃寺跡はこの時期に建てられた寺院跡で、現在の須賀川市が同国の中心地だったことを示す貴重な遺跡として知られる。1968(昭和43)年には国の史跡に指定された。

 寺院跡は特異な伽藍(がらん)配置に加え、儀式で打ち鳴らす鉄製の鉦(かね)「金鼓(きんこ)」や経典の軸止め「経軸端(きょうじくたん)」など全国的にも珍しい遺物が出土。市によると、特に鉄製の金鼓は、古代のものに限れば全国唯一の出土品だという。周辺には当時の役所とされる「栄町遺跡」のほか、役人らの集落だった可能性を示す「うまや遺跡」など関連遺跡が集中。石背国・郡の中枢だったと考えられている。

 同遺跡に詳しい佐川正敏東北学院大文学部歴史学科教授(62)は、(石背国の中心だったことを示す)寺院跡の公園化について「市民に地元の古代遺跡の存在や意義を持続的に認識してもらう良い機会になる」と期待を寄せる。

 須賀川市は9月以降、同国に関連した企画展なども予定しており、市の担当者は「先人が残してきたものを未来へと伝えていくことがわれわれの使命。節目の年を機に、市民に石背国と史跡の存在を知ってもらいたい」と力を込める。