川俣進出のミツフジ・三寺歩社長に聞く 技術を結集、復興発信

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みてら・あゆむ 1977年、京都府生まれ。立命館大経営学部卒。松下電器(現パナソニック)や外資系企業の営業でキャリアを重ねた。西陣織工場として創業した家業の三ツ冨士繊維工業(現ミツフジ)に2014年に入社し、社長に就いた。41歳。

 西陣織業として創業し、現在は銀メッキ導電性繊維の製造販売「ミツフジ」(京都府)は今月から、川俣町の川俣西部工業団地に建設した工場を本格稼働させる。2日に同工場で竣工式が行われる。新分野を開拓して家業の経営を立て直し、急成長させた三寺歩社長は1日、福島民友新聞社のインタビューに答え、「最先端技術を結集させて、福島の復興を世界に発信していく」と抱負を語った。

 ―川俣町進出の経緯は。
 「京都に用地がなく全国で探していたところ、福島復興に熱心な経済産業省職員から絹織物の産地の川俣町を勧められた。町と町民が一丸となって復興に進む熱意を感じ進出を決めた」

 ―新分野開拓で成長した。
 「西陣織メーカー2代目の父が銀メッキを施した繊維の生産を始めたが、一時は廃業寸前に追い込まれた。家業を継いで新分野の『着衣型ウエアラブル端末』製造で経営を立て直した」

 ―川俣町での製造規模は。
 「まずは着衣型ウエアラブル端末を約10万着製造する。さらに大手企業や大学との共同研究も始めたい。雇用は3~5年で50人を想定している。新しいアイデアが生まれる環境をつくる」

 ―福島復興への関わりは。
 「川俣町民に希望と夢を持ってもらえる製品を造る。地場産業とともに新産業をつくり復興に寄与する」

 ―原発事故に伴う本県への風評をどう考えるか。
 「顧客の半分は海外。外国人に福島進出を話したら『素晴らしい。ぜひ福島で製造された製品を買いたい』と返事をくれた。国内のほうが風評を気にしているのではないか。福島産を気にせず打ち出していく」