9世紀前半の山寺跡発見か 東北最古級、専門家「徳一と関連」

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高寺山遺跡で担当者から説明を受ける時枝教授(左から3人目)ら=9日午前11時5分ごろ、会津坂下町高寺

 会津坂下町の高寺山で、9世紀前半に山寺(山岳寺院)があったとみられる礎石遺構や出土品が見つかった。同山で山寺跡が発見されたのは初めて。宗教考古学専門の時枝務・立正大教授は会津に仏教文化を興隆させた高僧徳一(とくいつ)による慧日寺(えにちじ)(磐梯町)の創建年(807年)の伝承と同時期のため「徳一との関連が推察される」とみている。

 9日、高寺山遺跡で町教委が行ってきた発掘調査を、時枝教授ら専門家が視察した。町教委によると、山頂近くの約2ヘクタールの整地された平場から建物の基礎の石(根石(ねいし))や柱穴、9世紀前半ごろまでの土師器(はじき)・須恵器(すえき)、仏具の鉢の破片が見つかった。礎石に関しては1966(昭和41)年の大規模植林が行われた際、一部の石が移されている。

 町教委は遺構と出土品から9世紀前半ごろに、小規模な山寺が複数建設されていたとみる。時枝教授は「礎石を伴う山寺跡としては東北最古級の可能性がある」とし、密教と関連する山寺跡・宇通(うつう)遺跡(前橋市)と似ているため、古密教を学んだ徳一との関連も言及した。

 県立博物館の荒木隆主任学芸員は、流廃寺(ながれはいじ)跡(棚倉町)など東北の代表的な山寺跡は早くても9世紀後半の創建で、高寺山遺跡はさらに古いとみる。

 高寺山には、日本への仏教公伝(6世紀)と同時期に仏教が伝わった「高寺伝説」が残り、興隆と焼失を経て、平安時代に繁栄したとされてきた。だが遺構が確認されておらず、歴史関係者から長年注目され続けてきた謎だった。

 町教委は建物の構造や年代などの調査を継続する。鈴木茂雄町教育長は「高寺山遺跡の発掘成果が会津の仏教史に加われば」と期待を寄せた。

 町教委は14日午前10時から現地説明会を開く。受け付けは会津西部斎苑の駐車場。現地へは徒歩で約40分の山道。

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