元衆院議員・坂本剛二氏が死去 ごうちゃん...人引きつけた笑顔

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旭日大綬章の受章祝賀会で花束を受ける坂本さん=4月22日、いわき市

 元衆院議員で経済産業副大臣を務めた坂本剛二(さかもと・ごうじ)氏が4日、急性心不全のため茨城県日立市の病院で死去した。74歳。

 ごうちゃん―。こう呼ばれると一見こわもての表情がくしゃくしゃの笑顔に変わる。5日、元衆院議員の坂本剛二さんの訃報が友人や政界関係者に広がり、別れを惜しむ声が相次いだ。

 坂本さんは亡くなる2日前の11月2日に誕生日を迎え、3日に家族とささやかなパーティーを開いた。その様子が収められた動画には、温かいまなざしを家族に向ける姿があった。

 「おおらかで誰に対しても変わらぬ笑顔が人を引きつけた」。20年以上の付き合いの元いわき市長渡辺敬夫さん(72)は、尊敬の念を込める。坂本さんが国政に返り咲いた選挙では、陰で一緒にうれし涙を流した。

 国対(国会対策委員会)畑が長く、筆頭副委員長として他党との調整役に腕を振るった。永田町では坂本さんが振る舞う「ごうちゃんのあんこう鍋」が有名で、好感が持たれる人柄は中央にも浸透していた。

 自民党県連会長で共に国政から古里振興へ励んだ根本匠厚生労働相(67)=衆院福島2区=は「経済産業の分野を中心に政治手腕を発揮された。震災後は甚大な被害を受けた古里いわき、福島県の復興を加速するために全力で取り組まれた」と悼んだ。

 27歳で政治家の道を歩み始め、昨年に引退するまで、多くの声に向き合った。元後援会連合会長の大平良夫さん(88)は「一度自民党を離党した時も、引退する時も自分で決断して決めた。潔さもあった」と振り返る。「5552(GOGO剛二)」。車のナンバープレートや電話番号にも隠されたフレーズは、政治家の生きざまを表していた。

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