新たな人生...「そば屋」奮闘 富岡で被災、遠藤さん夫妻

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一押しメニューのえんの塩そばなど

 「新たな農業、心と体の健康を提案する店にしたい」。東京電力福島第1原発事故の影響で故郷の富岡町を離れ、新天地の泉崎村でそば屋「食彩工房 えん」を経営する遠藤貢市さん(57)は、新たな人生を切り開こうと奮闘している。

 約500年続く農家に生まれた遠藤さんは、県農業総合センター農業短期大学校を卒業後、1982(昭和57)年ごろ、県農業振興公社に入社した。人生の岐路は農業振興に奔走し続け、20年以上が経過した時だった。突然体調を崩し、入院。農業振興公社を退職した。

 その後、知人の紹介で北海道に渡り、農工商関連の振興公社設立に携わった後、故郷の富岡町で東日本大震災に見舞われた。猪苗代町出身の妻はるみさん(58)の実家などで避難生活を送り、「(私に)できることは何か」と考え続けた。

 震災後、南相馬市で農業支援のボランティアなどを行ったほか、今年1月には、これまでの農業に関するノウハウと人脈を駆使し、微生物による土づくりの有機農法に特化した研究会を設立。自身の病気などの経験などを踏まえ、食で健康を支えようと思い立った。

 自身のそば好きが高じて開店させた「えん」。ソバや天ぷらに使う食材は県内産。通っていた喜多方ラーメンの「喜一」のスープの提供を受けて、完成させたオリジナルメニュー「塩そば」が看板商品となっている。

 十割手打ちにこだわり、一日限定30食で、金~月曜日の4日間の営業。開店から4年目を迎え、「来店者には円のように心を丸く、ご縁を感じて帰っていただきたい」と語り、2人は新たな環境で挑戦を続ける。

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