守る伝統!縄文時代から続く「サケ漁」 南相馬・新田川で最盛期

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黄金色のサケを水揚げする組合長の遠藤さん=南相馬市原町区・新田川

 縄文時代から続く伝統のサケ漁を絶やさず―。南相馬市原町区の新田川で11月上旬、サケの遡上(そじょう)が最盛期を迎え、大海原を約4年間にわたり回遊してきたサケが続々と"帰郷"している。同川でサケの増殖を行う新田川鮭蕃殖(はんしょく)漁業協同組合、第15代組合長の遠藤利勝さん(74)は仲間と共に、生きのいいサケを連日水揚げしている。

 遠藤さんにとって新田川は、幼少期から友人らと川遊びの楽しさや怖さを学ぶ「川の学校」だった。しかし、2011(平成23)年3月11日、東日本大震災の大津波は一瞬にして組合員の命、簗場(やなば)、食堂、孵化(ふか)場などをのみ込み、全てががれきに埋もれた。追い打ちをかけられるように東京電力福島第1原発事故が起きた。

 「代々続くサケ漁を終わらせるわけにいかない」。簗場を再築し11年秋も漁を行った。原発事故による出荷制限がかからなかったが風評被害で売り上げは激減した。「古里に帰ってきたサケを捨てられなかった。せめて被災した地元住民に喜んでもらいたい」と、サケのかまぼこを市内の避難所などへ持ち寄り、無料で振る舞う日々を送った。

 昨秋には、同組合が運営する「鮭川食堂」が復活し、県内外から訪れる客に取れたてのサケを定食や丼で提供している。同川に遡上するサケは他の河川より魚体が黄色がかっていて、地元では「黄金鮭(こがねざけ)」と呼ばれ、江戸時代には重さ4キロ以上の塩ザケを徳川幕府に献上していた。遠藤さんは「新田川のサケは輝いていて、粘り気があっておいしい。多くの人に味わってほしい」と話す。

 食堂の営業期間は12月上旬までで、時間は午前11時~午後2時。不定休だが、イクラ丼弁当やサケの切り身などの販売は毎日行う。住所は南相馬市原町区泉字関下189の3。